第41話

 筍を食べるといつも思い出す。五歳年下の弟がまだ小学校に上がる前だから、一〇年以上前だ。

 家族揃って筍狩りに出かけたことがある。山の斜面で、地面がふかふかしていて歩きづらかった。

 安治はスニーカーに泥が入り、靴の底についた竹の葉が取れず、面白くなかった。そのせいで澄子に八つ当たりもした。

 幼い弟はやんちゃで、初めての体験に興奮していた。筍は目に見えるくらい地面から出ているものより、踏んで足の裏でやっと感じられるくらいのもののほうが美味しいのだと聞き、そこら中を滅多矢鱈に踏みつけて回っていた。

 その弟が唐突に「お宝発見!」と叫んだ。何だろうと思っていると、古い鼈甲の櫛を得意げに振りながら戻って来た。

 その櫛をどうしたのかは覚えていない。母親は汚いからと難色を示し、それに対して弟が持ち帰って宝物にするのだと言い張ったのは覚えている。

 その後、弟は転んで斜面を滑り落ち、片方の足首を腫れさせて大泣きした。不注意だと叱った父親がその晩、高熱を出して寝込んだ。安治はウィルス性の大腸炎になり、学校を一週間休む羽目になった。その間に二人の姉と母も、目を腫らしたり喉を腫らしたり片耳が聞こえなくなったりとそれぞれ体調を崩して、誰もまともな生活ができなかった。

 それで結局、掘った筍は食べられなかったのだ。

 結構、量があったのに。都会育ちの父がそのときばかりは妙に張り切っていたのに。

 あの筍はどうしたのだろう。調理できないまま時間が経って捨てるしかなかったに違いないが、ひょっとしたら誰かにあげることができて、美味しく食べてもらえたのかもしれない……。

 筍を見るたび、いつもそれを思う。

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