第40話

「いえ。――私は、隣の本社勤務です」

「本社?」

「研究所の母体です。オフィスですね」

「ああ――事務職とか?」

「事務――そうですね、秘書見習いのようなことをしています」

 おりょうはふと言葉に迷った風だった。今の安治にはそのまま言っても伝わらないと思ったのだろう。

 ――秘書の見習い?

 ぴんと来ない。

 今までの冷静沈着な言動からして、秘書というのは合っている気がする。しかし見習いとは。

 疑問を察しておりょうが軽い笑みを浮かべる。

「仕える相手が要人なので。研修期間が長いんです」

「ふうん……あの」

 聞きたいことは次から次に浮かんだ。ここはどういうところなのか、研究所とは何なのか、記憶とは別の実際の家族はいるのか、おりょうとの馴れ初めはどんなだったのか……。

 先手を打ってそれを制したのはおりょうだった。

「安治さんはこれからずっとここで生活していくんです。たとえ記憶が戻らなくても、必要なことは自然と覚えられます。今、一度にすべてを知ろうとする必要はないと思いますよ」

「うん……そうだね」

 確かに、あれこれ質問するのはマナー違反だ。また食事が冷めてしまう。

 安治は筍を口に放り込んだ。申し分ない食感と風味を噛みしめる。

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