第39話

「じゃあ、違う顔だったかもしれないってこと?」

「わかりません。私は安治さんの記憶を見られませんから。ただ」

「ただ?」

「違う顔だったとして、今、その顔を見ることはできませんよね。安治さんの記憶にあるだけです。たとえ違う顔だったとしても、安治さんが思い出すときに『今と同じ顔だった』と思ってしまえば、そうだったということになるでしょう」

「なんか……過去を書き換えるみたいな――いや、記憶かな」

 過去と記憶は同じなんだろうか。軽く首を捻る。

 過去というのは実際にあったことだろう。記憶は、その人が覚えているものという意味で、実際の過去とは違っている可能性も――。

「同じですよ。今ではないという意味で」

「…………」

 おりょうは終始淡々としている。声と表情はひたすら穏やかで、楽しんでいるのか退屈しているのかもわからない。

 安治が黙ったのに気づいて、取り繕うように女性的な柔らかい声を出した。

「お気に障りましたか?」

「あ、ううん――全然」

 気には障っていない。それより。

「あの――研究所って言ったっけ? ここ。おりょうちゃんもそういう――どういうのかわかんないけど――さっきの白衣の人たちみたいな――仕事なわけ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る