第38話

「でも、顔も同じに見えるんだけど。他人の記憶なら、顔は違うよね?」

「そうですね――」

 おりょうは少し考える仕草をして、聞いたのですが、と前置きした。

「顔かたちがどうというより、その顔を見て『自分の顔』だと認識するかどうかではないでしょうか」

「認識する……? 前と違う顔でも?」

「安治さんは今の顔をはっきり覚えていますか?」

「今の顔? 前の顔じゃなくて?」

「今の顔です」

「そりゃ――」

 覚えている、と言いかけた。

 ――本当に?

 多分、紙に描けと言われたら描けない。何となく細面で髪が短いことだけは確かだと思う。あとは――前髪がどれくらいの長さでどの辺で分けているか、頬にある薄い黒子が左右どちらにあったかすら思い出せない。

 前髪に手をやる。――分けてなかった。

「でもさっき鏡を見て、自分の顔だと思ったんだよ――」

 言う側からそこに何の根拠もないことに気づく。自分の顔だと『思った』。それだけではないか。さっき見た顔をはっきり覚えていないのと同じく、昨日までの顔なんて余計に覚えていない。今この瞬間に鏡を見たなら、そうだったこの顔だった、と思うだろうけれど。

 それでもやっぱり『思う』にしか過ぎないのか。鏡を見た瞬間に、過去もそうだったと『思う』だけだ。

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