第37話

「いえ、ありますよ。私たちが話しているのは日本語です。日本のテレビ番組も観られます」

 安治が何か言う前に、おりょうは続けた。

「安治さんに移植された記憶は、実際に日本で生活していた人のものです。ですから、何も間違いではありません。それが安治さんの本当の記憶ではない、というだけで」

「え……」

 言葉に詰まった。

 そうなら。

 ――澄子は。

 澄子は実在することになる。あの最悪な家も。

 ――安治。

 澄子が自分を呼ぶ声が再生される。子どもの頃から何回聞いたかわからない声。

「あの、じゃあ――」

 軽く混乱しつつ、問いにできる言葉を探す。

「じゃあ、俺の名前って……」

「名前?」

「その、記憶にあるのと、今呼ばれてる名前が同じなんだけど……」

 ああ、とおりょうは軽く頷いた。

「それは、同じ名前なんです。同じ名前の人の記憶を」

「あ――」

 そっか、それだけの話か。言われてみれば簡単な話だ。

 ならば自分の記憶にある澄子が弟を呼ぶ声は、自分に向けられていたものではない――ということにもなる。

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