第33話

 ――でも。

 逆だったらどうしよう。まだ記憶にあるほうがずっとましだったと思うような、冴えない顔だったら。

 どちらの可能性もあるのだ。天国も、地獄も。

 見るのが怖い。鏡を覗くのを躊躇してしまう。

 しかしこんなことで時間を使うのも馬鹿らしくはないか。鏡を見ることすらできない自分がひどく情けない。

 土台、気にするのは自分だけなのだ。自分が見ようと見まいと、受け入れようと受け入れまいと、他人には常にその顔が晒されている。そして――その顔でかまわないと、おりょうは判断したわけだし。

 なら、何も問題はないはずだ。どんな顔でも。

「安治さん?」

 ドアの外から心配そうに呼ばれた。水音もしないのに、不自然に時間がかかっているからだろう。

「だ、大丈夫だよ」

 答えてタオルを握りしめる。

 余計なことを考えている場合ではない。雑念を払うように頭を振る。

 今すべきは、さっさと顔を洗って着替えて食事の席に着くことだ。おそらく安治より、恋人に存在を忘れられて、せっかく作った朝食を放置する羽目になったおりょうのほうがショックを受けているはずなのだから。

 洗面台の前に立つ。自然、脚が震えた。怯えたような、冴えない顔つきになった。

 そこに映った姿は――。

 記憶にあるのと別段変わりなかった。

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