第31話

 ひと月ほど前に引っ越したと言っていた。その記憶がない。それ以前に、ここで暮らした生活すべての記憶がない。

 つながっていない。

 いや。

 つながっていないのは安治の記憶だけか。

 きっとおりょうの中ではつながっている。昨日、つまり四月一四日に彼女はこの部屋に来た。その際、安治は頭痛や体調不良を訴えていた。一晩明けて安治はすべて忘れた。

 それだけの話なのだ。

 安治は日付が飛んだ気になっていたが、『昨日』は安治にとっても四月一四日だったに違いない。何の異変もなく、それまで通りの生活をしていたのだろう。おりょうやみち子らが知る安治として。

 それから記憶が変わってしまった。

 そう、忘れたというより、変わったと考えるべきだ。

 半月ほどの記憶がなくなったのではなく、生まれてから今朝目覚めるまでのすべての記憶が書き換わってしまった。

 だとすれば、自分の年齢が二一歳だというのも根拠がなくなる。

 顔も。

 持っている記憶のすべてが偽物なら、記憶にある自分の姿は実際の自分とは関係がないことになる。

 鏡を見れば、映るのは実際の自分だろう。

 ――当たり前だ。

 当たり前だけれど、それを受け入れるのは怖い気がする。二一歳だと思っていたのに、本当は三〇歳だったりしたら?

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