第30話
ところが今日は、会う人すべてにアンジと呼ばれる。最初は少し不快なくらいだったが、段々とわけがわからなくなってきた。
アンジというのは――自分のことなのか?
いや。
違うのはもうわかっている。彼らが言っている「安治」は自分のことではない。彼らの記憶にある安治と自分は別物だ。
しかし名前が同じだから、見た目や年齢も自分の記憶にあるのと同じだろうと、鏡を見つけるまでは思っていた。
でも鏡を見たら――。
そこに映るのは、はたして記憶通りの自分なのだろうか?
そう気づいて怖くなる。
今日は四月一五日だと言う。安治にとっての『昨日』は三月の下旬だ。いつも通る道沿いの桜が咲き始めていた。ならば半月ほど記憶が飛んでいるのだなと思ったのだが、本当に半月なのだろうか。自分は二一歳なのだろうか。
――偽物の記憶。
そう言われた。
――どこが?
どこからどこまでが嘘なのだろう。
おりょうは二一、二歳に見える。自分と同い年くらい、と思った。同じくらいだから恋人として妥当だと思った。
よく考えれば、彼女の年齢は自分の年齢の参考にはならない。
記憶が飛んでいるということを受け入れるなら、それが半月でも一年でも一〇年でも違いはないのではないか?
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