第29話

「俺、どれくらい寝てた?」

「二〇分ほどです」

 リビングを見る。白衣姿はもうない。

「ソファで寝ちゃった気がするんだけど……」

「はい。意識を失われたので、横にしたほうがいいと思い、ベッドに運びました」

「えーと、誰が?」

 皆に迷惑をかけただろうかという思いと、寝姿を見られただろう恥ずかしさを抱きつつ訊く。

 しかしおりょうは平然と答えた。

「私が」

「え……一人で?」

「はい」

 冗談を言っている風ではなかった。

 おりょうは見たところ、身長一六五センチくらいだ。男性にしては小柄だし、女性にしても細身の部類に入る。それで二〇センチ近く上背のある安治を一人で運べたのだろうか。

「あの、ごめんね」

「いえ、何も」

 軽く微笑む。やはり冗談を言っている風ではない。

 疑問に思いつつも、自分の服とタオルの収納場所を教えてもらい、案内された洗面所に入る。

 洗面台には鏡がある。何気なく近づこうとして不安が湧いた。

 自分の見た目は……自分が思った通りなのだろうか?

 安治は自分の名前が好きではない。友人でも過去の恋人でも、彼をアンジと呼ぶ人はいない。高校時代にヤスハルと呼ばれていたことがあり、前の彼女にはハルくんと呼ばれていた。他はだいたい名字だ。

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