第27話

 頭より先に身体が反応した。突然鳥肌が立ち、頭痛を覚える。思わずおりょうの手を握った。

「偽物よ。私たちが作った偽物の記憶」

 強い目眩に襲われた。視界が回転して距離感がわからない。

 みち子の苛立った声がやけにはっきり聞こえた。

「なんでそうなっちゃったのかしら。昨日まではうまくいってたのに。どっちが本物でどっちが偽物だか、ちゃんとわかってたのに」

 戸田山が応える。

「ええ、今頃失敗するなんて思いませんでしたね。まさか本物の記憶のほうが消えるなんて……」

 ――失敗? 本物の記憶?

 吐き気がした。思考を働かそうとすると気持ち悪くなって、まともに考えることができない。

 平衡感覚がなくなる。自分がどんな体勢なのか自覚できない。

 顔に布の感触が触れた。花のような匂いがする。崩れるところをおりょうの肩に支えられたのだろうと辛うじて推測する。

「どうして失敗したのかしら……」

「個体の特性か……」

「別の個体でもう一度……」

 研究者たちの会話はまだ聞こえていた。そこに安治を心配する気色はなかった。

 ――失敗……。

 女性が感情的に放つ高い声が聞こえた気がした。みち子なのか、記憶の中の母親の声なのかはわからない。その声は安治がいかに出来損ないかを嘆き、責めていた。

 安治の意識はそこで途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る