第26話

 何か動揺させてしまったらしい。

 ――『東京』で?

 言ってはいけない言葉だったのだろうか……と戸惑う安治に、おりょうが冷静に質問を続ける。

「東京に住んでいらっしゃったんですか?」

「あ、うん。……大学に通ってたから。やめちゃったけど、一人暮らししてて」

「それでアパートなんですね」

「うん」

 おりょうは頷いて、所長に視線を送った。渋い表情で頷き返す所長。

「お辛いでしょうけど、ショックを受けないでくださいね」

 おりょうは手を伸ばして恋人の頭を撫でた。人前でいちゃつくのが苦手な安治は身を引きかけたが、告げられる内容を予想して見つめ返した。繊細な手が頬に当てられる。

「安治さんが生まれたのは、この研究所です」

「…………」

 何を言われたのかが理解できず、リアクションもできない。

「生まれてからずっと、ここで育ちました。研究所の敷地から出たこともありません」

「……敷地から出たことがない?」

 ――何を言ってるんだ。

 溜め息が聞こえた。所長だった。どこか悲しげな声で告げる。

「安治、あなたのその、大学に行ってたとかいう記憶はね……」

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