第17話

「あの――すいません、誰ですか、あなた」

 率直に、それでも丁寧な声音を選んで訊いたつもりだった。途端に女性は唇を震わせて青くなった。泣き出しそうな、無理に笑おうとしているような表情で声を絞り出す。

「どうして――怒ってらっしゃるんですか?」

 的外れな問いに、何と答えていいのかわからない。

「怒ってる? 何を?」

「知りません。……私がお気に召さなかったとか」

 ――気に召す?

「あの、すいません、思い出せないんです。誰なのか教えてもらいたいんですけど」

 更に青ざめるのがわかった。やや責める口調で返される。

「なんでそんなこと言うんですか」

「なんでって……。あ、あの、俺、いつからここにいます?」

「ここに? ……この部屋にって意味ですか?」

「えーと、はい」

「ここは……つい先日だと聞いていますけど」

 ――聞いてる?

「じゃあ、あなたは?」

 訊くと軽く睨まれた。

「昨日からです」

「昨日? ……看護師さんですか?」

「看護師?」

 怪訝な顔になる。

「何をおっしゃってるんですか、安治さん」

 名前を呼ばれた。ドキッとする。

 身内以外で安治を名前で呼ぶ人はいない。友人や知り合いは皆、名字で呼ぶのが普通だ。名前で呼ぶということはやはり親戚か、親の知り合いなのだろうか。

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