第9話

「ところでここは」

 どこなんですか、と訊くのと返答が同時だった。

「本当の世界です」

 言葉の意味を理解するのに一秒かかった。いや、正確には理解できていない。単語の意味がわかったというだけだ。

「本当の――?」

 再度見回す。何もない。空も地面も。ただどこまでも白い。

「――これが?」

「お疑いですか?」

「いえ――何もないんですね」

「そうでもありませんよ」

 若紳士は軽い口調で言った。その瞬間、景色が変わった。

「うわ」

 驚いてぶつかった。足下のこたつに。そこはよく見慣れた安治の部屋だった。

 一瞬、目が回った。果てしなく広いように感じた空間から、手を伸ばせば届くほどの壁に囲まれた空間に移動したのだ。初めて感じる狭苦しさに強い圧迫感を覚えた。身体をぎゅっと絞られたようだ。

 床に目を落とし、視線を上げていく。洗濯するつもりで放り出してあるコート、また使うのだからと適当に置いたままのバッグ、昨日使ったタオルと今日使ったタオル、座椅子、クッション、中身がいっぱいのゴミ箱、こたつの上のノートパソコン、スマホ、マグカップ、インスタントコーヒーの瓶、袋に入った履歴書と求人誌、カラーボックスに収められた本と書類とCD、置き時計、ガチャガチャで取って捨てられずにいる小さな人形……。

 目が覚めたんだ――と思ったのも束の間だった。

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