第5話

 安治は何も言い返さなかった。怒って言い返したところで、子どもにも感情があるのだということを理解してくれる親ではない。それでも怒りは湧いたけれど、努めて冷静に聞き流した。

 この馬鹿相手にエネルギーを使うのは無駄だ、と悟ったのはけっこう前、中学生のときだったと思う。

「さよなら」

 と思わず言っていた。

 いつもならそんな別れの挨拶はしない。

 母はさして気にした様子もなく「ええ、じゃあ」と不満げに切った。

 ――そんなことを思い出したのは、実家で使っているのと同じカレールウが目についたからだろうか。

 母はカレーを作るとき、甘口と辛口の二種類を別の鍋で作った。子どもたちには甘口、父親には辛口だ。

 安治はその商品以外の中辛を探した。

 ちょうど特売があったようで、中辛だけ売り切れているのがあった。それがよかったな……と思いつつ、どうしようと悩む。甘口か辛口ならその値段で買える。中辛にこだわるならもっと高いのしかない。

 迷った末、買わずに店を出た。近くの別のスーパーに向かう。

 品物はあった。でもさっきの特売よりは高い。これを買うなら、さっきの店で買っても同じだった。

 思いついてじゃがいもを先に見に行った。予想より高い。そういえばさっきの店でじゃがいもを見るのを忘れた。

 安治はまた一軒目に戻った。

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