鈴木VS佐藤

大枝 岳志

鈴木VS佐藤

かつて、この日本国内で歴史的な抗争が起きた。

 全国の軽重傷者は合わせて三万人。死者はなんと千人を越える大きな抗争だった。

 

 それはほんの些細な出来事がきっかけだった。


 酒を飲んで飲み屋街の路上で暴れていた会社員・鈴木陽司(52)を止めに入った酒屋店主・佐藤智治(35)が暴行を受けた事件から全てが始まった。よくある酒飲み同士の喧嘩の翌週、事件が起きた同じ飲み屋街でまたしても事件が起こった。

 

 今度は若者同士の喧嘩で、街にタムロする小さなギャング集団同士の喧嘩だった。片方のリーダーの名は鈴木泰博(23)で、もう片方のリーダーの名は佐藤敬之(22)といった。喧嘩の発端は鈴木が佐藤に「顔が臭ぇんだよ」と因縁をつけたのがきっかけだった。ギャング同士の喧嘩はやがて規模が大きくなり、佐藤側に「鈴木」という姓に恨みを持つ者が現れ始めた。


「あいつらさぁ、いっつも最初に調子こきはじめるよな?」


 佐藤昇(20)というギャングの一員の言葉がきっかけで、「鈴木」狩が行われるようになった。メンバー内部に「鈴木」がいると、「佐藤」というタトゥーを彫ることが強要された。それを面白がったワイドショーや報道陣が連日報道するようになると、件の発端の街のみならず、鈴木と佐藤の諍いが頻繁に起こるようになった。おまけに、諍いに便乗した企業が続々と関連グッズを発売し、諍いは社会現象へと進展していった。


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 社会総出で煽り続ける両者の諍いは全国各地で起こるようになり、事態はやがて鈴木が多い地区では佐藤が、佐藤が多い地区では鈴木が引越しを余儀なくされるまでに至った。

 学校では争いの絶えない鈴木と佐藤を別々のクラスに分ける運動が始まり、会社では鈴木と佐藤のデスクや部署を分けるといった事が盛んに行われるようになった。街の飲食店では


「佐藤います?」

「鈴木おる?」


 と確認してから入店するものが増え、カモフラージュ用の名刺が飛ぶように売れ始めた。

 主婦達も鈴木と佐藤でそれぞれ派閥を作り、ゴミ出しや集会などが別々で行われるようになった。鈴木と佐藤は互いに監視し合い、その家で何か失敗があればすぐに近所の噂と共に陰湿なイジメが行われた。そのイジメに対して徒党を組んでそれぞれが対抗し、ご近所同士の争いは次第にエスカレートして行った。


 大阪の西成では地方を追われた鈴木と佐藤が集まるようになったが、やはりここでもドヤや仕事の奪い合いなどで両者の間に争いが起こった。そして、両者を止める為に入った機動隊への暴行や抗議活動が行われ、西成では2008年以来の暴動が発生する事態になった。

 それが報道されると日本各地でさらに激しい鈴木と佐藤の争いが起こるようになり、街角で待ち伏せして両者が攻撃し合う事態にまで陥った。

 テレビニュースでは連日それぞれの怪我人が発表されるようになった。


「東京都で昨日発生した鈴木の怪我人は二十五名、佐藤は二十三名となりました。これは先週の金曜日よりも両名合わせ、十二名多い人数となります」


 都知事の大池ゆきこは会見を行い、非常に厳しい表情で報道陣のカメラを見据えていた。


「皆さん、名前がどうとかで足を引っ張り合うのは良い加減やめて下さい。そんなことをしても誰も幸せにはなりませんし、私達は名前をもつ以前に、たった一人の人間同士なのです。これからの東京の指針ですが、ヒューマン・シティ。つまり、HC構想と、させて頂きます」


 そう言うと大池は報道陣へ向け、手元に用意していた一枚のボードを堂々と見せつけた。ボードに書かれた「HC構想」という文字を眺めながら、都民の鈴木佐藤両名達は鼻で笑い声をあげていた。


 街ではヤクザや半グレよりもタチが悪いギャング集団が大量に発生していた。

 ギャングの構成員は鈴木姓と佐藤姓で成り立っており、その大半が犯罪歴もないような一般市民だった。  

 互いに恨みを晴らす為だけに、年齢も立場もバラバラな彼らは立ち上がったのだ。


 鈴木派は佐藤派の自宅を襲撃し、金品を奪い、時に命をも奪った。

 佐藤派も負けじと鈴木派の自宅を破壊し、金品を騙し取り、やはり命をも奪った。

 彼らは組織として縦型の構図を持たず、警察は彼らの取り締まりに難儀した。


 その間に諍いはエスカレートし、次第に双方の諍いは抗争にまで発展して行った。国会でも連日「鈴木佐藤問題」の議論がなされ、平和的解決への道を多くの者が模索し始めた。

 全国各地で発生した争いによる怪我人が三万人を越え、死者が千人を越えた頃、ついに両者による和平交渉が行われることになった。


 間を取り持ったのは「田中」姓の代表であり、数日間に渡る交渉の末、鈴木には「イチロー」という素晴らしい人材が、そして佐藤には「栄作」という素晴らしい政治家がいることを互いに認める、という事で一旦は落ち着きを見せた。

 しかし、この交渉の際に田中が放ったある一言で新たな火種が生まれることになった。


「それを言ったらさぁ、うちには何と言っても「角栄」がいる訳じゃん?」


 鈴木と佐藤の争いはこうして幕を閉じたが、交渉が終わると同時に佐藤側の交渉代表が「看過できない挑発を受けた。次は田中を潰せ」という指令を全国に出したのは後の歴史に名高く残る出来事となった。

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鈴木VS佐藤 大枝 岳志 @ooedatakeshi

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