第三話
正義の二字を重んじる者ならば、
「そうでしたか。では、これもきっと何かの縁なのでしょう」
とにこやかに笑って返された。曖昧に返事をした金四缼の胸の内の葛藤など、素懐忠は知る由もない。
***
十年も住んでいればどんな森でも庭同然だ。この森は特別馬鹿でかいということはなかったが、木々が入り組んでいて道に迷いやすい。
金四缼は、なるべく開けていて安定した道を選んで素懐忠をいざなった。元の白衣に身を包み、袖口から数珠を持った手を覗かせる素懐忠は、咲き誇る白蓮のごとき清廉な輝きを森中に振りまいているように見える。日除けの頭巾から溢れる白髪がこれまた美しく、時折端を持ち上げて前を確かめる様子がこれまた可憐だ。軽くたくし上げられた裾から覗く白い布靴——この無愛想な森には不釣り合いな清純そのものの靴!——が踏んだあとにポコポコ花が咲いたとしても、金四缼は何の疑問も抱かないだろう。今ここに仙鶴が舞い降りても、天から楽の音が降り注いでも、金四缼は何一つ疑わず目の前で起こる全てを受け入れるだろう。素懐忠なら、ただそこにいるだけで何かしらの奇跡を起こせても何ら不思議ではない。そう真顔で言い切れる自分の方がよっぽど変だというのを脇に置いたところで、金四缼は足元に張り出した木の根をまたいだ。
「気をつけろ」
……それにしても、何かもっと気の利いたことが言えないものだろうか。後ろを歩く素懐忠が木の根の上ををまたいで通るのを視界の端に捕らえながら、
「金先生⁉」
音に驚いたのか、素懐忠がこちらを振り向いた。金四缼は無骨な手で顔を拭いながら大丈夫だと呟いて、先に進めと素懐忠を促した。
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