第188話 会議は踊る

 ランスを支持していたはずの黒竜騎士団の裏切り。

 その情報は部屋にいる多くの人間にとって初耳だったらしく、そろって唖然とした顔になっている。


「ランスお兄様……どういうことでしょうか?」


 ランスが口にした爆弾発言を受けて、ミリーシアが兄を睨みつけた。

 情報の内容もそうだが、わりと重要なことをサラッと言ってのけた兄に対して苛立っているようである。


「言葉の通りだよ。黒竜騎士団の団長であるデバルダンがアーサー兄さんの側に寝返った。軍団に所属している兵士の半数を引きつれて、ね。イッカク副団長を含めた残りの半分は残ってくれたけど、大きく戦力が減少してしまったことになるね」


「黒竜騎士団は亜人や他国から流れてきた移民が多く、貴族の支持者が多いアーサーお兄様とは隔たりがあったはず。それなのに、どうして裏切ってしまったんですか?」


「理由を挙げるのなら……金だね。大金を積まれて、それで向こうについたみたいだよ」


 ミリーシアの問いに答え、ランスが両手を広げて肩をすくめた。


「僕も報酬をケチったりはしていないんだけどね……僕が前払いした報酬を受け取ったうえでアーサー兄さんの側につき、二重で報酬を受け取ろうとしているようだ。不義理な話だよねえ」


「……申し訳ございません」


 謝罪をしたのは、黒竜騎士団の副団長であるイッカクだった。

 白と黒のまだら模様の髪を垂らして、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いや、イッカク副団長を責めているわけじゃないんだ。むしろ、団長と一緒に裏切らずにいてくれて助かるよ」


「……傭兵は信用が命。金で寝返るなどと話が広まれば、誰も雇ってくれなくなります。一時の欲で依頼主に背いたあの男につく理由はありません」


 イッカクが淀みのない口調でハキハキと言う。

 金で雇われているからといって、金で転べば信用を無くす。傭兵なりの矜持というものがあるようだ。


「とはいえ……団長と一緒に黒竜騎士団の半数が向こうに着いてしまったのは事実。申し訳ない限りです」


「うんうん。これからは君が団長を名乗ってくれ。引き続き、僕に力を貸してくれると有り難いね」


「報酬をもらっていますので、拒否をする理由はありません。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」


 ランスとイッカクが改めて、主従関係を確認する。

 その一方で、黙ってはいられない者達もいるようだ。円卓についている中年男性が声を上げる。


「ま、待ってください! それでは、我らが大きく不利になってしまったということですか!?」


 焦ったように口を挟んできたのは、商業ギルドのギルドマスターだと紹介されていた人物……エイブスと呼ばれていた男である。


「こちらの戦力が減り、敵の戦力が増えて……これでは、負けてしまうではありませんか!」


「数の上で不利だというだけだよ。それだけでは、戦の勝敗は決まらない」


「相手は百戦錬磨のアーサー殿下です! 負けているのは数だけではありません!」


 生粋の武人のアーサーと、穏健で争いを好まないランス。

 数だけではなく、指揮官の能力も劣っている。

 エイブスは言外に勝ち目が無くなったのではないかと主張した。


「不利なのは最初から変わらないさ。だからこそ、僕達はこれまで準備をしてきた……まだ焦る状況じゃあないよ」


「…………」


 落ち着いた声で言い含めるランスであったが……エイブスの顔色は悪い。


「心配しなくても良い。僕達にはミリーシアだってついている」


「…………!」


 突然、話を振られたミリーシアがわずかに目を見開いた。

 思わず抗議をしようと口を開きかけるが……兄の言葉を遮らないように、すんでのところで堪える。


「頼もしい我が妹がここまで駆けつけてくれたんだ。大船に乗ったつもりでいると良いよ」


「…………」


 ランスが朗らかに言ってのけるが、無責任な発言に、エイブスはかえって顔を蒼褪めさせたのであった。

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