第187話 作戦会議

 海水浴を終えて、一晩が経った。

 翌日、カイム達一行は領主邸にある会議室へと通された。

 そこには大きな円卓に複数人の男女が座っており、新たに入ってきたカイム達に目を向けてくる。


「それじゃあ、全員揃ったところで作戦会議だ。みんな、よろしく頼むよ!」


 ランスが手を叩きながら、にこやかに言う。

 カイムとミリーシアが円卓の空席について、ティー、レンカ、ロズベットは後ろに立っている。リコスに至っては、この場にいない。会議に参加しても意味がないので、部屋に置いてきていた。


「まずは紹介するよ。僕の妹のミリーシア・ガーネットだ。僕達の味方をするために、わざわざやってきてくれたんだ」


「……ミリーシアです。よろしくお願いします」


「「「「「…………」」」」」


 ミリーシアが軽くお辞儀をすると、円卓についている者達が無言で頭を下げた。

 彼らに驚いた様子はない。事前にミリーシアがこの町にやってきたことを、知らされていたのだろう。


「そして……隣に座っているのがミリーシアのフィアンセ。カイム君という」


「「「「「!」」」」」


『ナアッ!』


 だが……続けて放たれた言葉に、驚愕のリアクションをする。

 特に大きな反応をしたのは、ランスの対面側に座っていた若い男性。椅子を倒して、円卓から立ち上がった。


「そんな……ミリーシア殿下にフィアンセだって……!」


「控えよ、オーディー!」


 若者が叫ぶと、隣に座っていた少し年上の男性が鋭く命じる。


「ランス殿下とミリーシア殿下の御前である! 無様なところを見せるな!」


「……申し訳ございません」


 オーディーと呼ばれた若者が、不承不承といったふうに頭を下げる。

 ランスが鷹揚に手を振った。


「構わないよ。ミリーシアが神殿に入ってシスターになっていることは、みんな知っていることだからね。僕もこの子に良い人ができたなんて、昨日知ったばっかりなんだ」


「僭越ながら、お聞きいたしますが……カイム殿は何者なのでしょう。どちらかの貴族の子弟でしょうか?」


 オーディーの隣にいる男性が訊ねる。


「いや、彼は平民の冒険者だよ。身分を超えた愛情というわけだね」


「……なるほど」


「チッ……」


 男性が頷いて、オーディーが小さく舌打ちをする。

 男性が肘で小突くと、拗ねたようにそっぽを向いた。


「じゃあ、他の面々も紹介するよ……今、発言したのが青狼騎士団の団長であるルイヴィ・イルダーナだ」


「ルイヴィ・イルダーナです。お会いできて光栄です、ミリーシア殿下」


 男性……ルイヴィがミリーシアに向けて頭を下げる。


「ええ、存じ上げております。ジャッロの冒険者ギルドにいるシャロン様の兄君ですよね?」


「おや……妹のことをご存じでしたか」


「はい。ジャッロの町に滞在した際にはお世話になりました」


 ジャッロの町。リュカオンの森の手前にあった宿場町で、カイム達が一時的に滞在した場所である。

 その町のギルドマスター……シャロン・イルダーナとは面識があった。


「その隣にいるのが、副団長のオーディー・イスコーだ」


「ずっと、お会いしとうございました。ミリーシア殿下……!」


 オーディーが感極まった様子でミリーシアに頭を下げて……続けて、カイムのことを睨みつけてくる。まるで親の仇でも見るような強い視線である。


(コイツ……もしかして、ミリーシアに好意があるのか?)


 刺すような視線を向けられて、カイムが首を傾げる。

 ミリーシアは誰の目から見てもハッキリとわかる、純然たる美少女だ。憧れている若者の百や二百、いたとしてもおかしくはない。


「フン……」


「…………!」


 向けられた視線を鼻で笑ってやると、オーディーが悔しそうに歯噛みをする。

 この男がどれだけ恋慕の感情を向けたところで、ミリーシアはすでにカイムの女である。彼の物になることは永遠にない。


(これは優越感か……なるほど、俺にもこういう感情があったわけか)


 他の男から嫉妬の目を向けられて、カイムは暗い喜びを自覚した。

 自分は誰の手にも届かないような高根の花を手にしたのだと、改めて実感したのである。


「さあ、紹介を続けるよ。『黒竜騎士団』の副団長であるイッカク、商業ギルドのギルドマスターであるエイブス、冒険者ギルドのギルドマスターであるグレイリー。それと僕の横にいるのが秘書のエルザだ」


 ランスが円卓についている者達を順番に紹介していく。

 その中でも特に目についたのは、額に一角の角がある大柄な女性……イッカクと呼ばれていた女である。

 頭の角を見るに、獣人だろう。ガーネット帝国にある五つの軍団の一つ……『黒竜騎士団』の副団長であるらしい。


(『黒竜騎士団』は傭兵を中心にした軍団という話だったか? どうして、団長じゃなくて副団長がここにいるんだろうな?)


「ああ……そうだ。知らせておくことがあったんだ」


 カイムの心を読んだわけでもないだろうに、ランスが思い出したように手を叩く。


「どうして、団長ではなく副団長のイッカク君がいるのかと、みんな疑問に思っているだろう? 困ったことがあってね」


 ランスはそれほど困った様子もなく、笑顔で言い放つ。


「黒竜騎士団の団長……デバルダンがアーサー兄さんの側に寝返った。黒竜騎士団の兵士を半分ほど引き連れて」


「「「「「ッ……!」」」」」


 ランスを除いた、全ての者達が息を呑んだ。

 ミリーシアのフィアンセを紹介した時以上の驚きが、部屋を包み込む。


「アーサー兄さんが保有している『銀鷹騎士団』、『赤虎騎士団』と僕に味方してくれた『青狼騎士団』と『黒竜騎士団』……釣り合っていた兵力がこれで崩れたことになるね。いや、参ったよ」


 暢気な様子のランスに、部屋にいる全員が非難がましい目を向けたのであった。

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