第180話 覇者の出陣

 ガーネット帝国。帝都。

 帝国の中心にして、最大の都市には大勢の兵士達が集っていた。

 結集している兵士は十万。いずれも、帝都の主となった第一皇子アーサー・ガーネットの配下である。

 その内訳は貴族出身者による兵団……『銀鷹騎士団』と『赤虎騎士団』が二万ずつ。アーサーを支持している領主の兵士が三万。残りの三万は冒険者や傭兵だった。


 弟皇子であるランスの征伐を決めたアーサーは、すぐさま手勢の軍団を組織した。

 他国からの防衛のために動かすことができない兵士を除いて、アーサーが自由にできる兵士は全て掻き集めている。

 その軍団の規模だけで、アーサーがいかに本気でランスを討つつもりなのかが理解できた。

 兵士を集めるのと並列して、兵糧と武器の補充もまた行われている。

 準備が整い次第、ランスが拠点にしている町……ベーウィックに向けて、出陣する手はずになっていた。


 決戦までの日時はあと少し。

 歴史上最大かもしれない兄弟喧嘩の幕上げであった。



     〇     〇     〇



「【千劔】!」


 男が叫ぶ。

 すると……青白い魔力が迸り、床から無数の剣が植物のように生えてきた。

 男が屈強な両腕で剣を引き抜いて、目の前の標的に向けて構える。


「なるほどな……これが『千劔』。凄腕の殺し屋の奥義か」


 感心したようにつぶやき、目の前の侵入者に相対しているのはアーサー・ガーネット。

 ミリーシアとランスの兄。病床の皇帝を押しのけて、帝都の支配者となっている青年だった。


 帝城の一室にて、アーサーは一人の敵と向かい合っていた。

 アーサーの前に立っているのは壮年の男性。筋肉で全身を武装した屈強な体格であり、いくつもの戦いを乗り越えてきたのか、全身に古傷が刻まれている。

 その男の名前は『千劔』。

 裏社会において有名な殺し屋であり、アーサーの命を狙っている敵だった。


「予を……そして、弟と妹が暗殺を依頼されていることは知っていた。すでに何人もの殺し屋を捕らえている……予の下までたどり着くことができたのは、貴様が初めてだ」


 アーサーが侵入者であるはずの『千劔』に対して、「見事である」と称賛の言葉を贈った。

 自分を殺そうとしている相手を褒め称える……異常な言動ではあったが、力を重んじているアーサーらしいと彼を知る者は納得するだろう。


「…………」


 そんな称賛に対して、『千劔』は無言である。

 自らの二つ名と同じ名称の魔法を維持しつつ、両手の剣を構えたままジリジリと間合いを測っていた。


「言葉で語ることはないか……ますます、気に入った」


 アーサーは口元の笑みを深めて、腰の剣を抜いた。


「配下には手を出させぬ。我が手を持ってして、葬ってやろう」


「参る」


 まるでアーサーが剣を抜くのを待っていたかのように、『千劔』が床を蹴った。

 そのまま、アーサーに向けて斬りかかるかと思いきや……両手の剣を投擲する。


「オオッ……!」


 予想外の攻撃に目を見開きながら、アーサーが投げつけられた剣を叩き落とす。

 そうして生まれた間隙を縫うようにして、『千劔』が床から生えた別の剣を抜いて、斬りつける。


「死ぬがいい」


「なるほど、悪くない……!」


「!」


 アーサーが振り下ろされた剣を蹴りで迎え撃つ。

 靴に仕込まれた鉄板が斬撃を受け止める。


「フウンッ!」


「…………!」


 アーサーが最上段に剣を掲げて、真っすぐに振り下ろした。

『千劔』が左右の剣をクロスさせて、兜割りのごとき一撃を受け止めようとする。


「グッ……!」


 しかし、二本の剣が真っ二つに折れた。

 魔法で生み出されたその武器は実際の鉄剣と同じ強度があったはず。

 それなのに……アーサーの強烈無比な一撃はそれらを断ち切り、そのまま『千劔』の額までカチ割った。


「ウグッ……オオ……」


『千劔』が呻きながら床に倒れる。

 魔法が解除されて、床から生えた無数の剣が塵となって消滅した。


「それなりに心躍る一時であった。言い残すことがあるのならば聞こう」


「……本望」


『千劔』が一言だけつぶやいて、そのまま絶命した。

 息絶えた殺し屋を見下ろしていたアーサーが軽く剣を振って血を落とし、鞘に刃を納める。


「アーサー殿下、ご無事ですか?」


 部屋に黒鎧の騎士が入ってくる。

 続いて、城の警備をしている騎士達もなだれ込んできた。


「ガウェインか」


「申し訳ございません。他にも侵入者がいて、参じるのが遅れました」


 フルフェイスの兜の中に顔を隠したまま、黒騎士が謝罪をした。


「お叱りは如何様にも」


「構わん。良い気分転換になった」


 アーサーが満足そうに言う。

 実際、アーサーは倦んでいた。遠征のために書類仕事を前もって進めていたため、やや運動不足になっていたのだ。

『千劔』との戦いは短い時間であったが……錆落としにはちょうど良い。

 書類仕事によるストレスも解消されて、アーサーの顔にはスッキリとした表情が浮かんでいる。


「侮れないものだな、殺し屋というものも。よもや、予の所までたどりつこうとは」


 騎士の手によって、『千劔』の死体が片付けられていく。

 その姿をどこか名残惜しそうに見つめながら……アーサーが背後に言葉を投げる。


「マーリンよ、この事態は予想していたか?」


「いいえ、知らなかったわあ」


 アーサーの背後にローブを身に纏った美貌の女性が現れる。

 魔法によって姿を隠していた彼女は、ガウェインと並ぶアーサーの『双翼』である魔術師マーリンだった。


「マーリン、貴様……!」


 ガウェインが声のトーンを落として、怒りに唸る。

 そこにいたというのに、マーリンは何もせずに主君が殺し屋と戦うのを見過ごしたというのだろうか。


「怒らないでちょうだい。危なくなったら手助けするつもりだったわー」


「予の意思である。構うな」


「…………御意」


 主君の言葉を受けて、ガウェインが忌々しそうに首肯した。

 黙り込んだ同僚を鼻で笑い、マーリンが主君からの問いに答える。


「予想外の展開よお。未来予知に必要な情報が足りていなかったみたいねえ」


 マーリンが肩をすくめた。

 未来予知という異能を有したマーリンであったが、予知に必要な情報が足りなければ、正確な未来を読むことはできない。

 殺し屋の参戦は予想外。予知の範疇にはなかった。


「そうか……面白い」


 アーサーが予想外の事態でありながら、愉快そうに肩を揺らす。


「覇王が平穏から生まれることは有り得ない。この修羅場を制してこそ、帝国を大陸の覇者にすることができる英雄が生まれることだろう」


 そして……勝利と栄光を掴むのは自分しかいない。

 確信を胸に抱きながら、アーサーは側近達に宣言する。


「殺し屋共の介入によって遅れてしまったが……出兵する。ランスを討って、予が帝国の皇帝となる!」


「殿下。妹君のミリーシア様は如何しますか?」


 ガウェインが訊ねると、アーサーは眉一つ動かすことなく返答する。


「投降するのであれば命は助ける。だが……邪魔をするならば斬れ」


「御意」


 身内の情を少しも感じさせることのない言葉に、ガウェインを始めとした側近達は膝をついて了承を示したのである。

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