第179話 ランス・ガーネット

「やあ、ミリーシア。久しぶりだね。元気だったかい?」


 ベーウィックの町に到着したカイム達一行であったが……驚くほど、本当に驚くほどあっさりと第二皇子ランス・ガーネットに会うことができた。

 町の入口でミリーシアが身分を明かしたら、そのまま城門の警備をしていた兵士に領主邸に連れていかれ、そこにいたのだ。

 ランス・ガーネットが。ジェイド王国からこの男と会うために旅をしてきたというのに……ここにきて、拍子抜けなほど簡単に会えてしまった。


「ら、ランスお兄様……?」


 あまりにもあっさりと会えた兄に、ミリーシアも喜ぶよりも驚いているらしい。

 端正な顔を引きつらせて、それ以上の言葉を失っている。


「ああ、せっかく他国に亡命してもらったのに帰ってきてしまったんだね。まあ、仕方がないか。ミリーシアは心配性だからね、内乱中の祖国を放ってはおけないか」


 ランスは銀髪で背の高い美青年だった。

 顔立ちは整っているものの……兄のアーサーとも、妹のミリーシアとも似ていない。

 賢そうな顔立ちではあるが、穏やかでどこか頼りなさを感じさせる温厚そうな人物でもあった。


「アーサー兄さんとの戦いの前で忙しいから、あまり構ってあげられないけれど……ゆっくりしていくと良いよ」


 領主邸のエントランスでミリーシアを出迎えたランスは、それで用事を済ませたと判断したのか「それじゃ」と奥に引っ込もうとする。

 去っていく兄の背中を見て……ようやく、ミリーシアが声を上げた。


「ま、待ってください! ランスお兄様!」


「え?」


「そ、それだけですか? 久しぶりに会ったというのに……?」


「えっと……他に何か話すことがあったかな?」


 ランスが不思議そうに首を傾げる。


「久しぶりとはいっても、一年も経っていないはずだけど? ミリーシアが神殿に入ってからはそれ以上に会わない時期もあったし、感動の再会というほど時間は挟んでいないはずだけど……?」


 ランスの言い分もわからなくはない。

 ミリーシアにとって、ジェイド王国からこの町にやってくるまでは大冒険だった。

 盗賊に囚われて犯されそうになり、カイムと出会って救出され。

 カイムと恋人関係になりながらも大河を渡り、ガーネット帝国に戻ってきた。

 アーサーと決別して、追っ手や殺し屋に追われながらも多くの戦いを経て、ようやくここまでたどり着いたのだ。


 だからこそ、ランスに出会えたことの感動もひとしおのようだが……ランスにしてみれば、知ったことではない。

 ちょっと会わなかった妹に再会しただけ。

 別に感動するほどのことではなく、二人の間にはかなりの温度差があった。


「…………」


「レンカもご苦労様、妹が世話になったねえ。見慣れない子も多いみたいだけど……おや、そっちの男の子は誰かな?」


 ランスがカイム達に視線を移して、穏やかに話を振る。


「もしかして、恋人とかかな? ミリーシアも年頃になったものだね。昔は僕の後ろをチョコチョコと付いてきていたのに、懐かしいよ。これからも、妹に良くしてあげてくれ」


「…………ああ」


 カイムが隣のミリーシアを気にしながら、微妙な表情で頷いた。

 ミリーシアは顔を赤くして、両手の拳をワナワナと震わせている。


「ランスお兄様……貴方という人は……!」


「うわ……」


 ミリーシアが怒っている。

 頬を膨らませて、いつになく子供っぽく怒っている。


(まあ、気持ちはわかるけどな……アレだけ苦労させておいて、この軽いリアクションだからな……)


 ミリーシアはここに来るまで、多くの苦難を乗り越えてきた。

 長兄であるアーサーと決別してまで、ランスと一緒に戦う覚悟を決めてきたのだ。

 それなのに……当事者であるランスがのほほんとした様子で、ミリーシアの苦労を少しも理解した様子がない。


(ミリーシアにしてみれば、自分の覚悟に泥を塗られたような気分だろうな……)


「何を怒っているんだい、ミリーシア?」


 ランスが惚けた様子で首を傾げる。


「心配せずとも、反対なんてしないよ。二人の仲を応援してあげるし、子供の名前だって考えてあげよう。可愛い妹の門出だからね。盛大にお祝いしようか」


「……ランスお兄様、今がどのような状況かわかっていますか?」


「状況? それはアーサー兄さんが出兵の準備を整えていて、一週間もすればこの町に攻め込んでくるという情勢のことかな?」


「…………!」


 一週間。

 具体的な数字を出されて、ミリーシアが目を見開いた。

 いずれ来るだろうと思ってはいたが……いよいよ、戦いが始まろうというのか。


「それはそうとして……式場の手配とかもしないといけないよね。司祭様はできればミリーシアの後見人であるマザー・アリエッサにやってもらいたいなあ。来賓はできるだけ大勢呼びたいけど……アーサー兄さんは流石に来てくれないかな?」


「お兄様の……」


「うん? どうかしたのかな?」


 のんびりと……一週間後に決戦を控えているというのに、暢気な様子の兄にミリーシアの堪忍袋が限界を迎えたらしい。

 カイムが耳を塞いで、他の仲間達も距離を取る。


「ランスお兄様の馬鹿アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「わあっ!?」


 怒りの叫びを上げたミリーシアに、ランスが驚いてひっくり返った。

 ランスに仕えている従者達が慌てて主人を抱き起こす。


「……本当に大丈夫か、コイツで」


 ミリーシアの計画では、アーサーに代わってランスに次期皇帝になってもらうはずだったのだが……のんびりとした第二皇子を前にして、今になって不安になってきた。


 殺し屋との戦いが終わったばかりだというのに、一難去ってまた一難。

 戦場で生まれ落ちた獅子の化身。戦いの申し子。

 第一皇子アーサー・ガーネットとの決戦が、一週間後にまで迫ってきていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る