第178話 港町ベーウィック
殺し屋との戦いを終えて、カイム達は再び東への旅を始めた。
目指すベーウィックまではあと少し。
殺し屋の問題が片づいたことにより、誰に遠慮することなく町に泊まりながら目的地へ進んでいく。
そして、殺し屋との戦いから七日目。
とうとう、五人は海沿いの町……ベーウィックに到着したのである。
「あれがランスお兄様のお膝元……ベーウィックですか」
街道の先に町の城門が見えてきた。
馬車から顔を出して、ミリーシアが興奮した様子で言う。
久しぶりの兄との再会を控えて、ミリーシアの声も弾んだ様子である。
それは単純に兄と会えるからということだけではなく、ジェイド王国から始まった長旅の結果が出ることへの感慨も理由としてあるのだろう。
「随分と栄えている町なのね。これから内戦になるかもしれないというのに、行商人も多いわ」
街道には行商人の馬車がたくさんいる。
城門には多くの人通りがあり、あの町が交易都市として栄えていることがわかった。
内戦が勃発しかねない状況であれば、人の行き来も少なくなるかと思いきや……城門をくぐる人間に絶え間はなく、カイム達の行列の最後尾に並ぶことになった。
「この町は、大陸南部の国々との貿易拠点でもありますからね。他国の要人も多く滞在しているでしょうし、ここが戦場になるなど誰も思っていないのでしょう」
ガーネット王国にいる二人の皇子。
第一皇子アーサーは軍事に長けており、実戦経験も豊富。他国との小競り合いや異民族との戦いで多くの戦果を挙げている。
一方で、第二皇子ランスは外交で結果を出していた。他国との争いを交渉で開発したり、貿易によって利益を生んでいる。
正反対の二人。もしも彼らが手を取り合い、そこに慈愛と信仰を持ったミリーシアが加わっていたのなら……きっとガーネット帝国はさらなる繁栄を遂げたことだろう。
「軍事を担う主戦派と外交を担う協調派……両者がぶつかることは、ある意味では運命だったのでしょうね」
「…………」
ロズベットの言葉に、ミリーシアが悔しそうに唇を噛む。
もしも自分が二人を繋ぐ
「姫様の責任ではありません。全てはアーサー殿下が悪いのです」
落ち込んだ様子の主人の肩をレンカが抱く。
「今の帝国の混乱は皇帝陛下の病床を狙い、好きなように国を動かそうとしているあの御方のせいです。姫様は何も悪くありません……」
「レンカ……」
「なあ、カイム殿。貴殿もそう思うだろう?」
レンカがカイムの言葉の水を向けた。
カイムならば一緒にミリーシアを慰めてくれるだろう……そう願って問いかけるが、カイムの口から出たのは予想外の言葉である。
「ん? ああ、悪い。聞いてなかった」
今、気がついたというようにカイムが振り返った。
カイムは幌馬車から身を乗り出し、外の景色に見入っていたようだ。
割と重要な話をしていたはずなのだが……まるで耳に入っていなかったらしい。
「カイムさん……」
「カイム殿……」
「何だよ、いいじゃないか……海だぞ、海!」
責める仲間の視線を受けて、カイムが外を指さした。
ベーウィックの町につながる街道は海岸線と平行に伸びており、青い海がとても綺麗に見えている。
「帝国との国境の大河を見た時も驚いたが……こんな馬鹿でかい水溜まりがこの世にあるとは思わなかったよ! いったい、誰がこんなものを作ったっていうんだ!」
カイムは初めて見る海に興奮して、キラキラと目を輝かせている。
そんな無邪気な姿を見ると……カイムにほれ込んでいる女達としては、怒りや不安が萎えてしまう。
「まったく……仕方がないな。カイム殿は」
「可愛いですね、カイムさん」
レンカとミリーシアが微笑ましそうな顔をする。
一方で、同じく海を始めて見るであろうティーとリコスも大海の景色に見入っていた。
「すごいですの……アレだけ水があったら、一生飲み水には困りませんわ」
「クウ、クウッ……!」
「あら、知らないの? 海の水は塩辛くて飲めないのよ?」
興奮した様子のティーにロズベットが言葉を投げかける。
「塩は基本的に海の水を蒸発させて作るのよ。山から採れる岩塩もあるけれど」
「海が塩辛いって……それは昔話の話じゃないですの? 世界を作った巨人が塩の出るツボを落としたとか何とか聞いたことがありますわ?」
「その昔話は私も聞いたことがあるけど、海が塩辛いのは本当よ。町に着いたら舐めてごらんなさい」
「そうしますの。コレは確認しなくてはいけませんわ」
「塩が海から作れるのなら、どうして高い金で売っているんだ? みんな、海から作ればタダなのに……?」
「クウ……」
ティーがうんうんと頷いて、カイムが疑問に首を傾げる。
リコスは空を飛んでいる海鳥を物欲しげに見上げて、ヨダレを垂らす。
ランスがいるであろう町……ベーウィック。
長く危険な旅の果てで、ようやくの到着である。
はたして、彼らは第二皇子ランスと会うことができるのか……?
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