第177話 もう一つの始末
とある町の路地裏。
暗い建物の陰に一人の青年が佇んでいた。
「ああ……そうですか。どうやら、今回の依頼は失敗のようですね」
残念そうに……けれど達観した様子でつぶやいたのは、身なりの良い若い男性である。
キッチリ整った髪と服だけを見れば、どこかの商人か貴族のように見えるだろう。
少なくとも……その男を見て、彼が暗殺という闇の仕事を取り扱っている『仲介人』であるとは、誰も気がつくまい。
「皇女ミリーシアの暗殺に失敗。『首狩り』が裏切り、『骨喰い将軍』と『カンパニー』のボスが死亡。『墓穴掘り』が生死不明、『不死蝶』が手を引いた。同じく、第一皇子アーサー暗殺に失敗して『千劔』が死亡。第二皇子ランス暗殺に失敗して『雌犬』が捕縛……なるほど、なるほど、ここ百年で最大級の失態ですね」
仲介人が困った様子で首を振った。
ガーネット帝国の皇族の暗殺。これまでにない至難なミッションであったが、ここまでの被害が出るのは予想外である。
気まぐれな『不死蝶』が飛び去ってしまったのは予想の範囲内。しかし、『骨喰い将軍』やミストレスの戦死は、流石に想定していなかった。
百年以上もこの業界にいる老獪な殺し屋、千人の部下を擁する一大組織が十代そこそこの少女に敗北するなど、誰が想像するだろう。
「アーサー皇子は難しくとも、ミリーシア皇女であれば容易に殺害できると踏んでいましたが……まさか、彼女がジョーカーであったとは以外ですね」
アーサーとランスに挑んで敗北した者達もいるが、もっとも多くの殺し屋を敗走せしめたのはミリーシアである。
今回の依頼の最大の穴。ダークホース。
もっとも弱く、殺しやすいだろうと踏んでいた彼女こそが、最大の敵だったのだ。
「『墓穴掘り』はおそらく、死んではいないでしょう。『カンパニー』もすぐに代替わりするはず」
とはいえ……今回の依頼により生じた穴は大きい。
仲介人は物憂げに眉間を指で叩きながら、ゆっくりと首を横に振る。
「殺し屋が殉職するのは事故責任ですが……ここまで被害を出してしまった以上、私も責任を取らなくてはいけませんね。無茶な依頼で多くの人員を失わせてしまい、挙げ句にターゲットを一人も仕留められなかったのですから」
多くの殺し屋が命を落としたことにより、これから殺し屋の業界は氷河期を迎えることだろう。
コミュニティそのものの存続の危機。ギャング達が彼らを押し退けて、代わりにその場に居座ろうとするかもしれない。
「長老様方からのお叱りが怖いですね……ああ、帰るのが億劫です」
「心配はいらぬよ、小僧」
「おや……?」
「長老からの使いじゃ」
路地裏に現れたのは、ゴスロリドレスの美少女……『不死蝶』である。
「仲介を挟まず、わっちに直接依頼が来たわい。間抜けな部下を始末するようにと」
「やれやれ……早いですねえ」
仲介人が肩を落とした。
『不死蝶』という人選から、コミュニティの上役らがどれだけ本気かが伝わってくる。
彼女は気まぐれで仕事を選り好みするが、やると決めたからにはターゲットを取りこぼしたことはないのだから。
「貴女がミリーシア皇女を殺してくれれば、私も命だけは助かったんでしょうけどね」
「生憎と、あの小娘の命には最初から興味はない。殺し屋コミュニティと『里』は持ちつ持たれつじゃからのう。そちに恨みはないが、消えてもらわねば困るんじゃよ」
有無を言わせぬ口調である。
リコスと戦ったときとは明らかに違う、本気の殺意が言葉の端々から滲んでいた。
空気を伝ってくる殺気が仲介人に逃げることを許さない。
これが業界最古の殺し屋……『不死蝶』の本気である。
「…………」
「賢明な判断じゃな。おとなしく命を差し出すのであれば、苦しませぬようにと言われておる」
「……それは良かった」
裏を返せば、抵抗したら徹底的に痛めつけていたということだろう。
仲介人は己の運命を呪いながらも、最後の最後で正しい決断をした自らを賞賛する。
「【地獄参り】」
「…………!」
『不死蝶』がつぶやいた途端、仲介人の首から上がポロリと地面に落ちた。
魔法を使ったようには見えなかったのに、痛みも苦しみもなく、血の一滴すら流れることなく、首が取れてしまう。
「安心せよ。地獄はそちが思うほど居心地悪い場所ではない……永久に眠るが良いぞ」
(安心できませんよ……まったく……)
嘆く言葉を口にすることもできず、仲介人は永遠の眠りについた。
これにより、殺し屋達に出されていた『皇族殺し』の依頼が撤回された。
主戦力の大半を失ったことにより、殺し屋のコミュニティは活動を抑えて凪の時代を迎えたのである。
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