第175話 ガランク山決戦ー終

「チッ……やたらと丈夫だな。外からの破壊は難しいか?」


 カイムが目の前の黒い球体を見つめて、大きく舌打ちをした。

 それは『不死蝶』という殺し屋が魔法で作り出した結界である。

 中にはリコスが閉じ込められているはずで、カイムはどうにかして救出を試みていた。

 しかし、殴っても蹴っても球体が壊れる様子はない。

 本気の攻撃を叩きこめばわからないが……中にいるリコスまで傷つけてしまう恐れがあった。


「そもそも……その『不死蝶』とかいう奴の目的は何だ? 何故、リコスを?」


「……わかりません」


 ミリーシアが心配からか顔を青ざめさせて、首を横に振る。

 

「あの黒いドレスの女性は私のことなど気にも留めていませんでした。最初からリコスちゃんが目的だったとしか……」


「カイム様!」


 ティーが声を上げて、球体の一部を指さした。

 すると……カイムが見つめている先で黒い球体にひびが入っていき、やがて全体が弾けた。

 結界が解除されたのだ。中から現れたのは……緑色の髪の美女である。


「は……?」


 予想外の登場にカイムが目を見開いた。

 知らない女性である。断言することができる。

 だが……その顔立ちに残る面影、長く伸びた緑色の髪には見覚えがあった。


「まさか……リコスか!?」


「グウッ!」


 空中に残っていた結界の残骸を蹴飛ばして、緑髪の美女がカイムめがけて飛び込んできた。

 驚くカイムの目の前で徐々にその身体が縮んでいき……腕の中に入ってきたときには、年端もいかない幼女の姿となっていた。

 幼女となったリコスがボフッとカイムの胸の中に収まり、甘えるように頬ずりをしてくる。


「クウ、クウッ……!」


「さっきのは、いったい……?」


 リコスが大人になったように見えたのだが……幻だったのだろうか。

 カイムが疑問を抱きながら周りにいる仲間達に視線を向けると、ティー、ミリーシア、レンカ、ロズベットは揃って首を横に振る。


「だよな……」


「まあ、何でもいいですわ。これで戦いは終わりですの?」


 ティーが周りを確認するが……岩山に転がっているのは、襲ってきた殺し屋の死骸ばかり。

 他に山頂にたどり着いた者はおらず、後続の敵の姿はなかった。


「ええ、問題ないと思うわ……どうやら、『不死蝶』も消えたみたいね」


 ロズベットが周囲を確認して、両手に持っていたナイフを鞘に納める。


「『骨喰い将軍』に『カンパニー』、『墓穴掘りのディード』、それに『不死蝶』まで退けたのだから、これ以上の敵は現れないはずよ。暗殺の依頼もすぐに撤回されるはずだわ」


「どうして、そんなことがわかるんだよ?」


「これ以上の損害を被ってしまったら、殺し屋のコミュニティそのものが倒れてしまうかもしれないから。仲介人も、その背後にいる長老連中も、一つの依頼のためにコミュニティが滅ぶのは避けたいはずよ」


 殺し屋の世界にも組合があり、秩序がある。

 ミリーシア一人を殺すためにそれらが崩壊するのは許されない。

 殺し屋であるからこそ、損得勘定はシビアに行わなければいけないのだろう。


「もちろん、完全に安心になったとは言わないけれど……とりあえず、乗り切ったということで良いと思うわ。私達の勝ちよ」


「そうか……良かった。これで姫様が命を狙われることはないのだな」


 レンカが安堵のため息を吐き、岩山から西の空に目を向けた。

 西側の地平線にはちょうど日が沈もうとしているところで、夕焼けが鮮やかに空を染めている。

 レンカに釣られて、他の面々も自然と夕焼け空に目を向けていく。


「長い一日でしたね……」


「…………」


 ミリーシアがしみじみとつぶやいた。

 その言葉に一同は頷いて、殺し屋の一団を撃退した勝利の余韻を噛み締めるのであった。






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