第54話 出立の朝
「カイムさん、私達はこれから帝都に向かおうと思うのですが……何か意見はありますか?」
「……ねえよ。好きにしやがれ」
翌朝、カイムらは朝日が昇るのと同時に出立することになった。
いつまでも森に潜伏しているわけにはいかない。どこに敵が潜んでいるかはわからないが、それでも前に進まなくてはなるまい。
主人であるカイムとミリーシアが太い木の幹に腰かけて座っており、従者の二人が出発前に野営の後片付けをしている。
「帝都にはランス兄様がいます。ランス兄様であれば私達の味方になってくれるはずです。どうにかして合流しましょう!」
言いながら、ミリーシアはカイムの腕に抱き着いてしなだれかかってくる。
皇女であるミリーシアの顔は輝くように肌艶が良く、森で野宿したことをまるで感じさせないほどの美貌だった。
一方で抱き着かれたカイムは疲れ切ったような表情をしており、目の下にはくっきりと濃いクマができている。
「帝都に向かうのは良いのですが……ランスという皇子と合流して何をすれば良いですの? 継承争いを止めればいいですの?」
尋ねたのは、メイド服を着たティーである。
ティーは地面に設置していたテントを畳みながら、時折、手に持った干し肉をかじっていた。獣人で肉が好物のティーはハムハムと肉を咀嚼しながら、「がうー!」と幸せそうに鳴きながら作業を進めている。
「いえ……二人の兄の帝位継承争いは止まることはないでしょう。元々、二人はライバル関係で険悪でしたし、皇帝である父が病で倒れてからはあからさまに争うようになっています。争いを止めるにはどちらかが死ぬしかないでしょう」
ミリーシアはわずかに表情を歪めながら……それでも、決意を込めて言い放つ。
「だから……私はランス兄様を次期皇帝とすることで二人の争いに決着をつけたいと思います! 二人が争えば争うほどに混乱が広がり、罪もない民が苦しむことになる。だから、戦いを止めるのではなく短期間に決着をつけさせ、早急に継承争いに終止符を打ちたいのです!」
「随分と思い切った考えですわ。ちなみに、次期皇帝としてもう一人の兄でなくランスという皇子を選ぶのには理由があるですの?」
「ランス兄様は第二皇子ですけど、母親違いの庶子である私にも良くしてくれましたから。その恩返しというのが理由の一つ。もう一つの理由は……第一皇子であるアーサー兄様が皇帝となれば、間違いなく周辺諸国に戦争を仕掛けるからです」
ミリーシアは言外に断じた。第一皇子……アーサーは決して皇帝になってはいけない人物なのだと。
「アーサー兄様は血を好み、激しい野心を胸に抱いた方です。あの方は帝国が大陸を統一することを願っている。帝国は確かに実力主義を掲げている『武』の国ですが、だからといってやみくもに戦争を仕掛けるような野蛮な国ではありません。大きな戦争はもう何年もしていないのですが……アーサー兄様はそんな帝国のことを「弱腰」と呼んでさげすんでいるのです」
ミリーシアはよりカイムの腕を抱きながら唇を噛んだ。
辛そうに押し黙ってしまった皇女の後を継いで、今度はレンカが説明を続ける。
「アーサー殿下が仰るには……『帝国は大国。ゆえに鋼鉄の獅子としての義務を果たすべきである。偉大なる帝国の旗を大陸中に立てることで世界を統制し、争いを止めなくてはならない』――とのことだ。無数の国が乱立しているから戦争が終わらない。ならば、帝国が唯一の国家として大陸を統一して争い事を終わらせるべき……そんなことを言いたいらしい」
「がう、争いを止めるために戦争するなんて矛盾してますの。屁理屈を言っているように聞こえますわ」
「だから、ランス殿下もミリーシアお嬢様……いや、姫様もアーサー殿下のことを支持していない。皇帝陛下もアーサー殿下の野心を危険視して、第一皇子でありながら『皇太子』として指名していないのだ」
レンカは焚火に砂をかけて火を消しながら、暗い面持ちで首を振った。
「皇帝陛下はアーサー殿下がもっと成長し、落ち着いてから皇太子にするつもりだったのだろう。だが……結局、いくつになってもアーサー殿下は野心を捨てることはなかった。いずれはランス殿下を皇太子として、アーサー殿下のことはどこかに封じるつもりだったのだろうが……」
「……それよりも先に、父は病で倒れてしまいました。あるいは、何者かに毒を盛られてしまったのかもしれません」
ミリーシアが悲しそうにつぶやいた。
ティーもレンカも帝国が直面している問題を確認して、暗い表情になっている。
「…………」
そんな三人の女性をカイムが半眼になって睨みつける。
「お前らさ……朝からすごい真面目な話をしてるよな」
「え?」
「よくもまあ、
カイムは激しい疲労を感じて首を振った。
非常に真面目な話をしているが……彼らはつい先ほどまでセックスをしていた事後である。
朝日が昇る寸前まで代わる代わる身体を重ねて、二時間ほど眠ってから出発の準備を始めたのだ。
ほとんど眠ることを許されなかったカイムとしては、どうしてあんなにも激しい事をした直後にこんな真剣な話題ができるのか疑問で仕方がない。
そんな率直な問いにミリーシアが首を傾げる。
「え……だって、昨晩はそういう話はできなかったですし」
「お前らが発情して襲いかかってきたせいだろうが。他人事みたいに言うな」
「出発の前に行動方針を確認するのは当然だろう? いつまでも夜のことを引きずっているなんて女々しいところもあるのだな」
「さっきまで尻を叩かれて鳴いてた奴がほざいてんじゃねえよ。この雌豚が」
やれやれと呆れたような顔で言ってくるレンカに言い返し、カイムは頭を掻いた。
「俺がおかしいのか? それとも、これも女と男の違いなのか? サバサバし過ぎだろうが、お前ら」
「がう、ひょっとして……カイム様はまだやり足りないのですか?」
どこか苛立った様子のカイムに、ティーが「ニンマリ」と嬉しそうな笑みを浮かべる。
「心配しなくても、また今晩にでもご奉仕しますわ! ちゃんとカイム様の大好きなお胸でしてあげますから、夜になるのを楽しみにして欲しいですの!」
「私も負けてはいられませんね。胸の大きさでは二人に負けていますが……舌の使い方だったら勝てるはずです!」
「ううむ……昼間のうちに何か叩く物を探しておいた方がよさそうだな。鞭と縛る物が見つかればいいのだが……」
「前言撤回だ。夜のことは忘れろ。お前らは俺をミイラにするつもりかよ」
こんな夜が続いたら本当に枯れ木になってしまう。
カイムはわりと本気で命の危機を感じながら、ツヤツヤとした顔をした三人の美女から顔を背けるのであった。
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