第55話 街道


 カイムとティー、ミリーシア、レンカ。

 港町の領主から逃げ出して森に潜伏していた彼らは、帝国の中央にある帝都に向けて出発した。

 目的は帝都にいるミリーシアの兄――ランスと合流するためである。


(やれやれ……偶然、助けた女性が隣国の皇女様で、おまけに継承争いに巻き込まれてしまうとは……)


 カイムとて、別にミリーシアらを盗賊から救い出したことを後悔はしていない。

 だが……そこまで深い考えもなく行った善行により、国を巡る争いに巻き込まれたとなると理不尽を嘆かないわけにはいかなかった。

 『呪い子』として生を受けたことといい、改めて自分の不運さに天を呪いたくなる気分だった。


「とはいえ……他人の目には俺が不幸だなんて見えないんだろうな。こうも女ばかり連れていては」


「カイム様、疲れてはいるですの? 眠たくなっているのであれば脚をお貸ししますから、枕として使ってくださいな?」


「……いらねえ」


 馬車に揺られながら、ポンポンと太腿を叩いて誘ってきたのはメイド服の女性――ティーである。

 昨晩はほとんど寝かせてもらえなかった。眠気はかなり強かったが……周りの人目もあってカイムは魅力的な誘いを拒否した。


 カイム一行は現在、街道を行き交う馬車に乗っていた。

 帝国では町と町をつなぐ交通手段として、決まった日時に馬車が出されている。

 馬車の周囲には馬に乗った憲兵が護衛としてついており、魔物や盗賊の襲撃を警戒していた。


 森から街道に出たカイムらは、運良く通行中の馬車を拾うことができたのだ。

 その馬車が向かっているのは帝国北方にある『シザーズ」という町。帝都に向かうのであれば遠回りの道だった。


『おそらく、領主はすぐに私達を捕まえるべく手配をするでしょう。真っすぐ帝都に向かえば、追っ手と遭遇してしまうかもしれません』


 そんなミリーシアの意見を採用して、わざわざ遠回りの街道を進む馬車に乗り込んだのである。


「むう……」


「…………」


 馬車の対面に腰かけたミリーシアとレンカが冷たい視線を向けてくる。

 どうやら、彼女達の目にはカイムとティーがイチャイチャしているように見えているらしい。

 ミリーシアとレンカの視線がなくとも、カイムは膝枕を受けるつもりはなかった。この場者にはカイム一行以外にも人が載っているのだ。

 旅人であったり、商人であったり、何らかの理由で北の町に向かっている町人であったり、フードを目深にかぶった訳ありそうな男であったり……馬車に乗っている人は年齢も服装も様々である。

 彼らは一様に、途中から馬車に乗り込んできたカイム一行に奇異の視線を向けてきていた。


(まあ、我がことながら目立つ一団だもんな。注目されるのも無理はないか)


 カイムはともかくとして……ミリーシアとレンカ、ティーはいずれも美女である。

 特にティーはメイド服を身に纏っており、いったい何者なのかと好奇心を煽られることだろう。


(目的の町に着くまでは、出来るだけ目立たないように大人しくしておこう。今さら、手遅れかもしれないが)


 カイムはそんなことを思いながら、座ったまま瞳を閉じた。

 馬車の中に会話はない。ガタガタと馬車が揺れる断続的な音だけが響いている。


 途中で休憩を取りながら馬車は進んでいき、夕刻が近づいてきた。

 特にアクシデントはない。このまま順調に進んでいけば、日が暮れるまでに目的の町にたどり着くことだろう。


 しかし……そうは問屋が卸さない。

 あと少しで到着するというところで、またしても予想外の事態が生じた。


「おい、そこの馬車! 止まりなさい!」


「ッ……!」


 突如として、馬車の外から鋭い声がかかった。

 カイムは緊張に背筋を震わせながらも、表情に動揺が出ないように顔を引き締める。


「…………」


 チラリと対面に座ったミリーシアに目配せすると、美貌の皇女が小さく頷いた。

 そのまま耳を澄まして様子を窺っていると外の会話が聞こえてくる。どうやら、馬車を止めたのは巡回中の憲兵のようだった。


「この場者に手配中の犯罪者が載っているとの情報が入った。中を検めさせてもらう!」


 言いながら、鎧を身に着けた憲兵が馬車の中に入ってきた。

 カイムは内心で舌打ちし、いつでも動き出せるように手足に力を込める。


(早過ぎる……まさか、もう領主から手配がかかったのか?)


 ミリーシアとレンカを領主の屋敷から奪い返したのは昨日のこと。

 いずれは追手がかかるとは思っていたが、わざわざ遠回りした道にまで憲兵がやってくるのは予想外のこと。

 いくらなんでも、早過ぎる展開である。


(とはいえ……場合によっては、ここで闘り合うしかないな。同乗している一般人には申し訳ないが、この場で憲兵を残らず倒す)


 カイムはそんな決意を決めて拳を握りしめ、いつでも動き出せるように臨戦態勢を取った。






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