第52話 ミリーシアの正体


「ここまでくれば一安心……で、いいんだよな?」


「……はい、大丈夫なはずです」


 太守の屋敷から逃げ延びたカイムらは、そのまま近くの森に身を隠した。

 鬱蒼と生い茂る木々が四人を覆って追手の目をくらませてくれる。昼間でさえこの森で人探しなど困難。夜であればなおさらだった。


「とりあえず……ここで朝になるのを待つか。マジックバッグは持ってきてある。食料や水の心配はいらない」


 町のトップである太守を敵に回したのだ。もはや町には戻れない。野宿になってしまうが、森の中で夜を明かすほかに手段はなかった。

 カイムはバッグから取り出した野営用のシートを地面に敷き、そこに座るようにほかの三人を促した。中央に明かりを灯したカンテラを置いて話を切り出す。


「それで……事情を話すつもりはあるのか?」


「…………」


 疑問を向けられたのはミリーシアである。

 金髪の令嬢は唇を噛んでうつむいており、その隣に気遣わしげにレンカが寄り添う。


「別に話したくないのであれば無理にとは言わない。報酬こそ受け取っていないが俺は雇われた人間だ。たとえ何も教えてくれなかったとしても君のために戦うことだろう」


「…………」


「だが……話してくれれば出来ることだってあるはずだ。事前に事情を知っていれば今回の襲撃も防げただろうし、これからもあるいは……」


「大丈夫です。ちゃんとお話ししますから」


 カイムの言葉を切り、ミリーシアが口を開く。


「本当はもっと前から話したいと思っていたのです。しかし……タイミングを逸してしまい、ついつい先延ばしにしてしまいました。カイムさんを信用していないわけではありませんし、むしろ私のことを知って欲しいと思っています」


「…………」


「まずは、改めて自己紹介をさせていただきたいと思います。私の名前はミリーシア・ガーネットと申します」


 ミリーシアは胸元に手を当てて、何でもないことのようにそんな名乗りを上げた。『ガーネット』という姓を聞いてカイムが頭を掻いた。


「なるほどな……」


「がう……カイム様、ガーネットって……」


「ああ、この国の……ガーネット帝国の国名だな」


 袖を引いてくるティーに答えながら、カイムは眉間にシワを寄せる。


(薄々、そうでないかと思っていたが……まさか予想通りだったとはない)


 ミリーシアの立ち居振る舞いからやんごとない身分の生まれだと思っていた。

 貴族でありながら家名を隠していること、空間魔法による収納機能がついた指輪を持っていたこと、ヒントはこれまで出ていたのだ。


(極めつけは……あの太守が叫んでた言葉だな)


 逃げ去ろうとするカイムらに向かって、太守はハッキリと叫んでいた。


『そっちの娘……ミリーシア殿下だけでも奪い返すのだ!』


 殿下という敬称が何を意味するのかわからないほど、カイムとて無知ではない。

 ミリーシアは皇族。ガーネット帝国の皇帝と血のつながりがあるのだろう。


「はい、お察しの通り。私はガーネット帝国が皇帝の娘。第一皇女にあたります」


 もはや隠すこともないとばかりに、晴れやかな表情でミリーシアが言う。

 秘密にしていたことを明かして肩の荷が下りているのだろうが……はっきり言って、カイムの方は逆に気分が落ち込んでいた。


(おいおい……抱いちまったぞ。皇女殿下を)


 カイムはやむにやまれぬ事情があったとはいえ、ミリーシアのことを薬漬けにしたあげくに抱いていた。

 こうなってくると、レンカからも言われた『責任』という言葉の重みが否応なしに増してくる。


(皇女の純潔を奪ったってどれくらいの罪になるんだろうな? 無期限の幽閉……あるいは、シンプルに死刑とか?)


 別に官憲に追われることが怖いわけではない。カイムであれば、百や二百の兵士など物の数ではないだろう。

 しかし……平穏を求めて帝国に移住してきたというのに、そのせいでトラブルの渦中に巻き込まれるというのは何とも納得がいかないことである。


 カイムは首を振って鬱屈とした気分を振り払い、ミリーシアに質問を投げかける。


「……身分を隠していた理由は分かった。帝国皇女なんていう肩書、軽々しくは名乗れないよな。だけど、どうして皇女がジェイド王国にいたんだ? 身分を隠して、わずかな護衛だけを連れて」


「その理由を説明するには、まずは帝国の皇室で起こっている問題について話さなくてはいけません。今から一年前、我が父――十八代皇帝であるバルトロマイ・ガーネットが病に倒れて意識不明の状態となりました」


「皇帝が意識不明って……結構な大事だよな?」


「はい、他国に隙を突かれないように表向きは伏せられています。父の病を知っているのは皇族と上級貴族、一部の信頼された臣下だけです」


 ミリーシアが晴れやかな表情から一転して、暗い表情へと変わる。


「ただ……問題はそこではないのです。皇帝が病になったことがきっかけで、次期皇帝の座を巡って跡目争いが起こってしまったのです」


「跡目争い……」


「現・皇帝には三人の妃との間に三人の子供がいます。私と二人の兄です。兄達は次期皇帝の椅子を争って、水面下で争いを繰り広げているのです」


「がう……それじゃあ、どうしてミリーシアさんはそんな大変な時に隣国に行っていましたの?」


 ティーが獣耳をピクピクと動かして尋ねた。

 それは無邪気で含むところのない質問だったが、ミリーシアは唇を噛んで辛そうな表情になる。


「ランス兄様……第二皇子が私のことを逃がしてくれたのです。政争に巻き込まれないように、継承争いに利用されないように隣国に亡命するように言われたのです。私も国のために皇女としてやれることをしたかったのですが……いえ、これは言い訳です。逃げた私の都合の良い欺瞞です」


 暗い表情でうつむいていたミリーシアであったが、強い意志を込めた眼差しになって顔を上げる。


「しかし……私は結局、帝国に戻ってきました。亡命する途中で盗賊に襲われ、偶然にも帝国に行かんとしているカイムさんに出会いました。その時、私は天啓を感じたのです。帝国に戻るようにと。皇族としての義務を果たすようにと神の意志を感じたのです!」


「神の意志……ね。俺がそうだというのなら大きな勘違いだと思うがな」


 カイムは『魔王級』の魔物である『毒の女王』の力を有していた。

 すなわち、神の敵である。教会に存在がバレたら間違いなく全力で敵視されることになるだろう。


(『神敵』である俺が神の意志とは……この旅の行く末が心配になってくる発言だよな)


「それじゃあ、町の太守がミリーシアのことを拉致したのも権力争いが原因か? 随分と強引というか、執着していたように見えたが」


「フォーカの町の太守はどちらの皇子にもついていない中立派なので大丈夫だと思ったのですが……どうやら、私がジェイド王国に出ていた間にアーサー兄様、つまり第一皇子側に鞍替えしたようです。私を捕らえてアーサー兄様に引き渡すことが目的だったようですね。私はどちらかと言えばランス兄様と親しかったので、人質にでもするつもりだったのかもしれません」


「うーん、なるほどな……つまり、俺達がこれからとるべき行動は……」


「……す、すまない。ちょっといいだろうか」


「ん?」


 話の途中でレンカが右手を上げてきた。それまでジッと黙っていたはずの女騎士がプルプルと震える手で何事かを主張してくる。


「どうしましたか、レンカ? そんなに震えて……まさかどこか身体の調子でも悪いのですか?」


「違うのです、お嬢様……そうではなくて、そうではないのですが……ああ、もう堪えられないっ……!」


 レンカは涙目になって「キュッ」と唇を噛んだかと思うと、突如として羽織っていた外套を投げ捨てた。


「なあっ!?」


 カイムは驚きに身体をのけぞらせた。

 牢屋に捕まっていた時に服を脱がされたことにより、レンカの外套の下は一糸まとわぬ全裸となっている。

 レンカは森の中で一糸纏わぬ全裸になり、カイムの身体にしがみついてきたのだ。


「もう、もう『おあずけ』は限界なのだ……! 頼む、お願いだから……私をムチャクチャにしてくれ!!」


 レンカは涙ながらにそんなことを訴えて、カイムの身体に張りのある胸を押しつけてきたのであった。






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