第51話 奪還


 アイテムバッグから取り出した外套をレンカに着せて、カイムらは地下牢から脱出した。

 幸い、短時間で見張りを片付けたことで侵入はバレていない。もっとも、それも時間の問題だろう。


「いずれは見張りがやられていることに気が付くだろう。それまでにミリーシアを救出する」


「お、お嬢様は太守に連れていかれた。どこか別の部屋にいると思うのだが……」


 裸に外套を羽織っただけのレンカがそんなことを言ってきた。

 先ほどまで発情期の雌犬のようになっていたレンカであったが、服を着たことで一応は落ち着きを取り戻している。

 裸を見られることで興奮してしまっている時点で女騎士として致命的な気がするが……とりあえず、カイムはその点については突っ込まないでおく。


「太守がどうしてミリーシアを攫ったのかは知らないが……やることは変わらない。ミリーシアは助ける。邪魔者はつぶす」


「カイム様、上の階からミリーシアさんの匂いがしますわ!」


「よし、上だな!」


 袖を引っ張ってくるティーに頷き、カイムは上の階に通じる階段を上って行った。

 できるだけ音をたてないように二階に上がると、そこには長い廊下が伸びており、いくつかの部屋が並んでいた。

 部屋の扉はどれも同じようなものだったが……そのうちの一つの前に大柄な体格の男が立っていた。

 いかにも屈強そうな大男は頭部をスキンヘッドにしており、まるで無法者のようにガラが悪い。町のトップであるところの太守の屋敷で働いているとは思えない風体だ。


「まあ……どんな相手だろうとやることは変わらないけどな」


 カイムは廊下に躍り出るや、スキンヘッドの大男に指先を向けた。


「【飛毒】!」


「なっ……!?」


 突然、二階に現れたカイムにスキンヘッドの大男が目を剥いた。

 男に向けてまっすぐ毒の弾丸が放たれるが……大男は頭部を逸らして不意打ちの攻撃を避ける。


「悪くない反応。そこらの雑魚とは違うようだが……それだけだな」


 毒を放った次の瞬間にはカイムは動き出していた。

 魔力によって身体能力を強化させ、廊下を一気に駆け抜ける。


「誰だ、貴様は!? 侵入者が……!」


「知らん、消えろ」


 カイムは圧縮した魔力を身体に纏わせて蹴りを放つ。鞭のように鋭い蹴撃が大男の身体に突き刺さり、その巨体を吹き飛ばす。

 大男はドアを破って部屋の中に転がり込んだ。部屋の中にはテーブルを挟んで二人の人間がいて、突然の出来事に目を剥いて驚ている。


「なっ……何をしとるんだ、貴様は!?」


「貴方は……カイムさん!」


 そこにいたのは館の主である太守。そして、喜色に華やいだ声を上げるミリーシアだった。


「悪いな、待たせた」


「いいえ、いいのです! 必ず助けに来てくれると信じておりました!」


 カイムが破られた扉から部屋の中に入ると、椅子から立ち上がったミリーシアが駆け寄ってくる。

 ミリーシアに怪我はない。地下牢に囚われていたレンカのように服を脱がされたりもしていなかった。

 涙ぐんで再会を喜ぶミリーシアに、カイムの後ろからレンカが出てきて飛びついた。


「お嬢様! 無事で良かった……!」


「レンカ、貴女も助けていただいたのですね。ああ、何ということ……! こんなあられもない姿になってしまって……!」


 裸の上に外套を羽織っただけのレンカの姿に、ミリーシアが痛ましげに表情を歪めた。

 実際には牢屋の中で発情していたりして、さほど酷い目には合っていないのだが……それは言わぬが花というやつだろう。


「まさか……侵入者だと!? 奴らめ、仕損じたというのか……!」


 部屋の中にいた太守が奥歯を噛んで唸った。慌てて立ち上がり、声を上げて助けを呼ぼうとする。


「させるかよ!」


 カイムは太守が声を上げるよりも先に毒の弾丸を放った。

 しかし、太守の前にスキンヘッドの大男が立ちふさがって射線をふさぐ。


「クソ侵入者がッ! これ以上、好き勝手にさせるかよ!」


「む……!」


 大男の手によって毒の弾丸が撃ち落される。

 もちろん、毒に触れてしまった大男もただでは済まないはずだが……上着の袖が焼け爛れ、下から現れたのは金属製の人工の腕だった。


「義手か……!」


「チッ……コイツがなかったら腕が溶けてたぞ!? 指から猛毒を放つとは……テメエは本当に人間かよ!?」


「誰か、誰かいないのか!? 私の屋敷に賊が侵入してきているぞ!」


 大男に庇われた太守が叫んだ。

 屋敷の中が途端に騒がしくなり、下の階からバタバタと人間が走り回る音が聞こえてくる。


「カイム様! 下から兵士が上がってきますわ!」


「不味い……逃げ場がないぞ!?」


 ティーとレンカが廊下に顔を出して慌てふためく。

 どうやら、下の階にいた兵士が二階に上がってきているようだ。


「多勢に無勢か……命拾いしたようだな。ミリーシアが狼藉を受けていたら、太守だろうが貴族だろうがタダで済ませるつもりはなかったぜ?」


「逃げられると思ってるのか? この屋敷には百人以上の兵士がいる。騒ぎを聞きつけて、町の憲兵だって駆けつけるだろうよ!」


 応えたのは太守ではなく、主人を庇って立ちふさがる義手の大男だった。カイムは冷笑しながら部屋の壁に左手をつく。


「たかが百人。俺を殺したいのであれば一桁足りないな!」


「なっ……!?」


 次の瞬間、カイムが手を当てた壁が粉々に粉砕した。

 外の風景があらわになり、闇夜に閉ざされた街並みが円形に切り取られて見える。


 闘鬼神流――【応龍】

 発剄によってゼロ距離から衝撃を叩きこむ技。射程こそ短いものの、基本の型の中ではっとも破壊力に優れている。


「とはいえ……こっちは女連れだ。奪われたものは取り戻した。さっさと退散させてもらおうか!」


「チッ……!」


「そっちこそ邪魔しなくていいのかよ。逃げるぞ、俺達?」


「俺の任務はこの男を守ることだ! テメエらのことなんか知らねえよ!」


 大男が吐き捨て、さっさと消えろとばかりに顎でしゃくってきた。その背中から、慌てた様子で太守が声を荒げる。


「ま、待て。待たんか! 私は許さんぞ! そっちの娘……ミリーシア殿下だけでも奪い返すのだ!」


「そうはいってもねえ、太守殿。俺が動いたら、アンタはすぐに殺されるぞ?」


 大男が壁になっているから太守は無事でいられるが……下手に動けば、カイムらが無防備になった太守を襲うことだろう。

 太守一人ではカイムはもちろん、ティーやレンカにすら勝つことはできないのだから。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」


「さあ、行くぞ! 俺の身体に掴まれ!」


「ハイですの!」


「ああ、先を越されてしまいました!」


 ティーが真っ先にカイムに飛びつき、後からミリーシア、レンカがしがみついてくる。

 兵士の足音がすぐそばに迫ってきて……カイムは彼らが部屋に飛び込んでくるよりも先に、夜空へと足を踏み出した。


【朱雀】を使って足場を作りながら、そのまま町の外まで空を駆けて行ったのである。






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