第43話 対岸の町


「災難だったな……このまま対岸まで送っていくから、そのまま休んでいるといい」


 空賊の襲撃によって連絡船が沈没した。

 カイム一行は憲兵が乗ってきた船に引き上げられ、大河の対岸にある町まで連れていかれた。

 帝国領である対岸の町。その港には大勢の野次馬が集まっており、炎を上げて沈んでいく連絡船を眺めている。


 カイムらが乗せられた船が到着すると、港にいた身なりの良い男がこちらに向かって話しかけてきた。


「いやー、大変でしたなあ。まさか空賊の襲撃があるだなんて前代未聞だ!」


「太守殿……失礼だが、どうしてそちらの港から船を出してくれなかったのかな? 貴殿らの救援があれば、船が沈む前に救助できたかもしれないのに」


 話しかけてき身なりの良い男――太守とやらに王国側の憲兵が怪訝な顔つきで尋ねる。


 空賊が襲撃してきたのは大河の中央付近だが、どちらかと言えば帝国寄りだった。

 帝国側から助けの船が出ていれば、船が燃やされる前に空賊を追い払うことができていたかもしれない。


「仕方があるまい。状況を確認しているうちにこんなことになってしまったのだ。しかも、襲撃されていたのは『王国』の連絡船。迂闊に帝国兵が乗り込めば国際問題になってしまうだろう?」


 太守と呼ばれた男が残念そうに首を振る。

 そんな態度に嘘臭さを感じたのはカイムだけではないだろうが、一応は理屈が通っていた。相手が『太守』――町を預かる代官であることもあり、抗議をできるような状況ではない。


「ムウ……」


 憲兵もそれ以上は追及することができず、悔しそうに押し黙る。


「……まあ、いいでしょう。それよりも乗客の皆様を保護していただけますかな? 皆、川の水で濡れてしまっているので」


「ええ、ええ、もちろんですとも! すぐに宿を手配してご案内いたしましょう! 貴重な財産を無くしている方もいるでしょうし……今晩の宿賃は私の方で用意させていただきますのでご安心ください!」


 太守が胸を叩いて断言する。

 太っ腹な申し出であったが、連絡船に乗っていた乗客の表情は暗いものだった。

 彼らは空賊の襲撃によって積み荷を失っている。貴重な財産を乗せていた者もいれば、帝国側に売りつけるつもりだった商品を失った者もいた。

 先行き不安となった彼らにとって、一夜の宿代など焼け石に水のようなものである。


「……カイムさん、もう行きましょう」


「ミリーシア?」


 カイムの袖をミリーシアが引っ張ってきた。

 ミリーシアは普段着である無地のドレスの上にフード付きのマントを羽織っている。わざわざフードを深々とかぶっており、まるで逃亡者が顔を隠しているようだった。


「私達の荷物は無事ですし、あの太守の世話になることはないでしょう。もう行きませんか?」


「ああ……そうだな。まだ日は高いが、こっちの町では早めに宿を取るか」


 ミリーシアの態度は気になるものの、カイムらの荷物は空間魔法がかけられたアイテムに収納されているため船が沈没しても損害はない。

 白々しい太守の話を聞いていても仕方がないし、港を離れて今夜の宿泊先でも探した方が建設的だろう。

 カイムらはさっさとその場を離れようとした。しかし……


「待たんか! 貴様ら!」


「あ?」


 背中に怒鳴り声がぶつけられ、カイムが振り返る。

 振り返った先には頭の禿げた中年男性が杖を突いて立っていた。先ほど、連絡船で船長と揉めていた乗客である。


「ああ……空賊に斬られてたけど無事だったんだな」


 でっぷりと腹に蓄えた脂肪がクッションにでもなったのだろうか。中年男性は上半身に包帯を巻いて杖を突いているが、意外と元気そうである。

 中年男性は顔を真っ赤にさせて、ずんずんと肩を怒らせてカイムのほうに近づいてきた。


「貴様! 何ということをしてくれたのだ!?」


「……何の話だ? 心当たりがないのだが?」


「貴様があの鳥頭共に無謀な戦いを挑んだせいで、船が焼かれて沈んでしまったのだ! おかげで私の財産が海の藻屑に……どう責任を取るつもりだ!?」


「はあ?」


 あまりにも筋の通らない言い分にカイムが呆れ返った。

 そもそも、空賊に船の積み荷を渡すことに反対していたのは目の前の中年男性である。それがなくても、空賊は船を焼くように何者かの指示を受けている言動をしていた。

 カイムが戦おうと降参しようと、連絡船に積まれていた荷物が奪われていたことに違いはない。


(そういえば……空賊は誰の命令で船を焼こうとしてたんだ? 皆殺しにしちまった以上、確認する手段はないが)


「馬鹿馬鹿しい……阿呆の妄言など相手にする価値はないな。俺たちはもう行くから勝手に泣きわめいてろ」


 カイムは時間の無駄だとばかりに踵を返した。

 醜悪な男の顔面を殴り飛ばしてやってもよかったが……目の前の中年男性は一応、怪我人である。

 何がトドメの一撃になるか分かったものではない。周囲に大勢の人間がいる前で殺人は避けたかった。


「待て! 待たんか! ワシの財産を返せ! 金を支払わんのならこの女共を売り払ってくれる!」


「きゃっ!?」


「お嬢様!」


 なおも言い募る中年男性がミリーシアの腕をつかんだ。レンカが慌てて男を引き剝がそうとする。


「お前、いい加減に……!」


 カイムも流石に腹が立って手が出そうになるが……それよりも先に、中年男性が体のバランスを崩す。


「ぐうつ……!?」


「あっ……!」


 おそらく、今さらのようにケガの痛みに襲われたのだろう。

 中年男性はミリーシアの腕をつかんだまま地面に転びそうになった。


「お嬢様を放せ、痴れ者が!」


「危ないですの!」


 しかし、レンカが転倒する中年男性を引き剥がし、ティーがミリーシアの身体を支える。


「海に還れ」


「むぎゃっ!?」


 そして……カイムが転んだ中年男性の巨体を蹴り飛ばす。

 でっぷりと太った身体がボールのように転がって海に落ちていった。


「クズが……汚い手で俺の女に触ってんじゃねえよ」


 カイムが憎々しげに吐き捨てる。

 港には憲兵もいたのだが、呆れた顔をした彼らはカイムを咎めることはしない。会話からあの中年男性に非があったことが明らかだったからだろう。

 仕方がなさそうに溜息をつきながら海に落ちた男を引き上げているが……中年男性はどうやら無事のようだった。

『憎まれっ子世に憚る』と言うが、大した生命力である。


「まったく……余計な手間をかけさせやがって。鬱陶しい豚が」


 余計な言いがかりをつけてきた中年男性のせいで時間を無駄にしてしまった。

 カイムはさっさとこの場を立ち去ろうとするが……そこで太守がこちらを凝視していることに気がつく。


「あ、貴女はまさか……!?」


「行きましょう、カイムさん! 早く、すぐに!」


 見れば、ミリーシアの顔を隠していたフードが落ちている。おそらく、中年男性に引っ張られたせいだろう。


「ああ……わかった、行こう」


 カイムはミリーシアの訴えに、足早にその場を離れる。

 立ち去る際に太守がこちらを見つめている気配を感じたが……ひょっとして、ミリーシアの顔見知りだったのだろうか?


(知り合いだとしても、仲良しこよしの関係じゃなさそうだ。厄介なことにならないといいんだが)


 旅の無事を祈るカイムであったが……残念ながら、その願いが叶うことはなかった。

 カイムの悪い予感は的中する。それはこの数日間で嫌というほどに証明された事実なのだから。






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