第42話 空中戦


「何だ、テメエは!」


「よくも仲間をやってくれたな!?」


 仲間を殺された鳥人が怒り狂い、カイムに向かって武器を向けてくる。

 鳥人の一人が放った弓矢がカイムに命中するが……身体に刺さることなく船のデッキに落ちた。

 圧縮魔力の鎧を纏ったカイムの前では、マジックアイテムでもないただの弓矢など子供の玩具のようなものである。


「そんな攻撃で殺られるほど軟な身体じゃないんだよ。三人とも下がってろ……すぐに終わらせてやる」


「カイムさん……」


「お嬢様、下がっていてください! ここはカイム殿にお任せしましょう!」


 レンカがミリーシアの腕をつかんで船室に連れていく。これで巻き込まれる心配はないだろう。

 そうかと思えば……代わりにティーがカイムの横に並んできた。


「カイム様、助太刀しますわ!」


「おいおい……無理はするなよ?」


「ハイですの! 足手纏いにはなりませんから、安心してください!」


 ティーは拳を握りしめて力強く断言する。

 彼女であれば、自分で自分の身を守ることくらいはできるだろう。戦闘民族である虎人は伊達ではあるまい。


「あまり無茶をするなよ。あくまでも受け身に徹して、甲板に降りてきた奴だけを倒せ」


「空を飛んでいる奴らはどうしますの? 上から攻撃されたら防戦一方ですの」


「飛んでいる連中は…………俺が殺る!」


 今度は槍が投げつけられてきた。カイムは手刀で飛んでくる槍を叩き落し、そのまま甲板を蹴って大きく跳躍した。


「闘鬼神流――【朱雀】!」


 跳躍したカイムは、さらに空中を足場にして天を舞う。

 空を飛びながら槍を投げつけてきた鳥人に接近して、顔面に拳を叩きつける。


「グハアッ!?」


「なっ……人間の分際で空を飛んでやがる!?」


「馬鹿な! 空は我ら鳥人の領域のはずだぞ!?」


 鳥人の空賊が驚愕に叫ぶ。

 カイムは牙を剥いて凶暴な肉食獣のように笑い、再び空中を蹴った。


「飛んでいるわけじゃない。空を走っている・・・・・・・と言うべきだな!」


 闘鬼神流基本の型――【朱雀】

 その技は空中戦用の技であり、圧縮した魔力を足場にして空を駆けることができる技だった。

 圧縮された魔力は物質的な性質をもつようになり、拳に纏えば武器として、身体に纏えば防具として使うことができる。

【朱雀】を物質化させた圧縮魔力を空中に留めることにより、何もない場所に足場を作ることができる技だった。


「魔力による武闘術を極めた闘鬼神流に隙はない。たとえ相手が空を自在に舞う竜であったとしても拳で叩き落してやるさ!」


「グワアッ!?」


 カラスらしき黒羽の鳥人の胴体を殴りつけて海へと墜落させた。

 別の鳥人が槍や剣、弓で攻撃を仕掛けてくる。しかし、空を走るカイムを捉えることは敵わない。

 カイムは次々と浴びせられる攻撃を上下左右に立体移動して避けながら、どんどん鳥人を落としていく。


「ガウッ! 沈むですの!」


 一方、船のデッキでも戦いが起こっていた。

 略奪を働こうと船に降りた鳥人を、ティーがスカートの下から取り出した三節棍で撃退している。

 鳥人は素早く捉えがたい存在であったが、それはあくまでも空中戦の話。船のデッキに降りてきたらただの人間と変わらない。虎人のティーの敵ではなかった。


「空ならまだしも、地上では負けませんわ! 虎を舐めるんじゃねえですの!」


「そこの嬢ちゃんに続け! 船を守るぞ!」


「おおっ! いくぞ!」


 ティーの奮闘を見て、船乗り達も武器を手に取って応戦を始める。

 最初こそ戦わずに降参しようとしていた船乗りだったが、空賊が「船を沈める」と実質的な皆殺し発言をしたこと。カイムやティーが鳥人を次々と撃破したことで、ようやく戦う覚悟を決めたようだ。

 武器で、あるいは甲板を掃除するモップを手にして鳥人を迎え撃っている。


「戦闘の流れが変わった。どうやら、勝敗は決したらしい。いずれ憲兵の船もたどり着くだろうし、こっちの勝利だ」


「クウッ……陸の人間共が! まさかここまでやるなんて……!」


 最初こそ二十人以上もいた鳥人であったが、すでに半分以下になっている。

 上空に飛んでいた指揮官らしき極彩色の羽の鳥人が悔しそうに呻き、懐から何かを取り出した。


「撤退だ! だが……その前に依頼だけは果たさせてもらう! 燃え盛れ……【豪火球ギガフレイム】!」


「なっ……!」


 極彩色の鳥人が取り出したのは羊皮紙の巻物。『マジックスクロール』と呼ばれるアイテムである。

 スクロールには魔法の呪文や刻印が記されており、使い捨ててはあるものの、魔法使い以外の人間でも魔法を使えるようになるのだ。

 極彩色の鳥人の眼前に巨大な火球が出現した。火球はまっすぐに船の先端に着弾して、炎を上げて爆発する。


「【豪火球】!」


「燃えろ! 全部、燃えちまえ!」


「チッ……仕留めきれないか! 船が焼かれる!」


 カイムは手近な鳥人を海に叩き落としながら、大きく舌打ちをした。


 生き残っている鳥人が次々とスクロールを取り出し、船を魔法で攻撃してくる。

 一人か二人であれば魔法を撃つまでに仕留めることができるが……数が多すぎて即座に対処はできない。

 発動した炎の魔法の一発が船のデッキにいるティーにまで向かっていく。


「やらせるかよ!」


 カイムは敵の撃墜を後回しにして、甲板にいるティーを守ることを優先させた。


「闘鬼神流――【鳳凰】!」


 発動させたのは【朱雀】と対になる技。闘鬼神流におけるもう一つの空中戦闘術――【鳳凰】である。

 カイムの姿がパッと消えたかと思ったら、ティーに迫りくる火球の進行方向上に一瞬で移動した。


「カイム様ッ!?」


「ハアッ!」


 カイムの右手が唸った。圧縮魔力を纏った右手が迫りくる火球を弾き飛ばし、強引に軌道を変えさせる。標的から逸れて海に着弾した火球が大きな水柱を上げた。


「無事で良かった、間に合ったか!」


「カイム様、大丈夫ですの!? 今、手で炎を……」


「問題ない。この程度は軽い火傷だ。ツバでも塗っておけばすぐに治る」


 火球を弾き飛ばしたカイムの右腕は赤くなっていたものの、大きな怪我はない。圧縮魔力を纏っていなければこうはいかなかっただろう。


「だが……これは不味いな」


「早く火を消せ! 燃え広がるぞ!」


 炎の魔法を撃ちこまれて船のあちこちが燃えている。

 船員が慌てて消火に当たっているが……長くはもたないだろう。


「よし、いいぞ! このまま引き上げる!」


 燃やすだけ燃やして、生き残っていた数人の鳥人がどこかに飛んでいこうとする。

 カイムは逃げ去る空賊を睨み付け……奥歯を噛みしめて唸る。


「……ここまで好き勝手にされて逃がすと思っているのか? 一人たりとも生かしては帰さない!」


 カイムは体内の魔力を練り上げて、今度は身体に纏うのではなく別の形で発動させる。


「紫毒魔法――【毒蜂ポイズン・ホーネット】!」


 カイムの右手に濃密な魔力が凝縮していく。

 高密度に凝り固まった魔力が弾かれたように飛び出し、人間の頭部と同程度の砲弾として放たれた。


「ああっ! 外れましたわ!」


 ティーが落胆の声を上げる。

 カイムの手から撃ち放たれた魔力の砲弾は逃げ去る鳥人に向かっていくが、命中することなく彼らの中央を通り過ぎようとしていた。

 狙いを外した――そう思われた魔法の砲弾であったが、カイムがパチリと指を鳴らす。


「弾けろ」


 瞬間、魔力の砲弾が爆裂した。

 一塊の魔力が数十、数百の弾丸に変わる。無数の弾丸が四方八方に飛び散って、逃げ去ろうとしていた鳥人を射抜いていく。


「ぐわああああああああああああっ!?」


「ぎゃああああああああああああっ!!」


 その光景は、まるで不用意に突いた蜂の巣から大量の毒蜂が飛び出してきたようである。弾丸に射抜かれた鳥人が次々と海に墜落していった。

 翼を撃たれた鳥人はもちろん、かすっただけでも毒に冒されて命を落とす。あらゆる毒を支配する『毒の王』の面目躍如ともいえる魔法である。


「すごいですわ! アレがカイム様の魔法ですのね!?」


 殲滅された鳥人を見て、ティーがピョンピョンと飛び跳ねる。

 成長した主君の力の一端を目の当たりにしたメイドは、随分と嬉しそうにハシャいでいる。だが……一方で、カイムの表情は沈痛だった。


「やれやれ……俺がもっと魔法の操作を上手くできれば、最初から苦労はしなかったのにな」


 カイムは魔法の操作が上手ではない。否、はっきり言ってヘタクソである。

 一人、二人を狙った小規模な魔法ならばまだしも、数十人の敵に対して魔法を発動させる際、味方を巻き込まないで使う緻密な魔法操作ができなかった。

 もしもカイムがもっと精密に魔法を発動させることができていれば、船に火をかけられる前に毒を使って空賊を壊滅させることができただろう。


「敵は倒したが……要反省だな。今はさっさと逃げるとしよう!」


 鳥人が使ったスクロールによって船は現在進行形で燃えていた。炎は十分に大きくなっており、もはや消化は不可能である。


「ミリーシア! レンカ! さっさと出てこい。水に飛び込むぞ!」


「カイム様! 私は泳げないのですが!?」


「ああ、まったく! これでは敗北と変わらないではないか!」


 カイムは船室から出てきた二人を加えて、慌てて大河に飛び降りた

 バシャリと小さな水柱を上げて着水した周りでは、先に脱出していた乗客や船員が波に揺られている。

 カイムは金づちのミリーシアがしがみついてくるのを支えながら、沈まないように足で水を掻いた。


「おーい、大丈夫か―! すぐに助けるぞー!」


 遅れて、オターリャの町から出た憲兵の船が到着する。憲兵と船乗りが大河に落ちた人々を漁船の上に引き上げていく。


「あ……」


 そんな最中、カイムが乗っていた連絡船が炎を上げながら崩壊する。

 バキバキと轟音を上げながら沈んでいく船を、カイムは波に揺られながら呆然と見つめていた。






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