第41話 空賊

「おいおい、この河では海賊のたぐいは出ないんじゃなかったのか?」


 武装した鳥人を見上げて、カイムが疑わしげにつぶやいた。

 まさか、空賊は海賊じゃないからノーカウントとかそういうオチなのだろうか。言葉遊びというか、ただの詐欺である。


「な……どうしてバードマンの空賊が!?」


「ありえねえ! 奴らの縄張りはもっと南の海の方じゃなかったのかよ!」


 空賊を目の当たりにした船の乗組員が騒いでいた。

 どうやら、これは日頃から連絡船に乗っている船乗りにとっても異常事態のようである。


「滅多に出ないはずの空賊にたまたま出くわしちまったわけか……ツイてない話だな。ひょっとして、この中に災難を招き寄せるトラブルメーカーでも混じっているんじゃないか?」


「私ではありませんよ……多分ですけど」


「ム……私でもないぞ。おかしな言いがかりをつけるな!」


「ティーも違いますわ。カイム様と一緒にいられて幸せいっぱいですの」


 カイムの軽口に、騒ぎを聞いてい船のデッキに上がってきていた仲間達が答える。


「どうだかな……いや、俺もかなり怪しいんだが」


『呪い子』として生まれたカイム。盗賊に襲われて仲間を殺されたミリーシアとレンカ。孤児出身の獣人であるティー。

 このメンバーの中に、順風満帆な人生を送ってきた人間は誰一人としていない。誰が不幸を連れてきたのかわかったものではなかった。


「そんなことよりも……どうしますの、カイム様。戦うですの?」


 ティーが袖を引っ張ってたずねてくる。

 さすがは戦闘民族である虎獣人だけあって、怯えた様子もなく頭上の鳥人を睨みつけていた。


「いや……しばらくは様子を見たほうが良いだろ。不用意に手を出したら、かえって船を破壊されちまうかもしれない」


 カイムは頭を振って答えた。

 鳥人の空賊の人数は二十人ほど。空を飛んでいるのは厄介だったが、カイムであれば倒せなくもない人数である。

 しかし、船や乗員を守り切れるかと聞かれたら話は別だ。鳥人が空から弓矢や魔法を撃ち込んできた場合、下手をすれば船そのものを沈められかねない。


 ミリーシアが緊張した面持ちで頷き、カイムの意見に賛同する。


「……はい、カイムさんの考えで正解だと思います。空賊が問答無用で攻撃してこなかったということは、交渉の余地があるということです。交渉次第では金品を渡すだけで見逃してもらえるかもしれません」


「了解。このまま手を出さずに様子を見よう。アッチがちょっかいをかけてきたら、穏便に済ませる保証はできないがな」


「ああ……何があってもお嬢様だけはお守りする。もう二度と悪漢の手に渡しはしない」


 カイムが頷き、レンカも眉を吊り上げながら腰の剣に手をかけた。


 そうこうしているうちに……奥の船室から年配の船乗りが現れた。

 船長らしき男は白いハンカチをパタパタと振りながら頭上に向かって大きく声を張り上げる。


「こっちは戦う意思はない! 金は支払うから客と船員を傷つけないでくれ!」


「金だけじゃない。船の積み荷も頂くが文句はないな!?」


 空を飛んでいた鳥人の一人が船のデッキまで下りてくる。

 どうやら、交渉役のようだ。鷹の頭をした鳥人が船長に追加で要求をした。


「積み荷は……乗客から預かっているものだ。私の一存では……」


「別に殺して奪ってもいいんだぞ? どっちにしても手間は変わらねえからよ!」


 鷹鳥人が馬鹿にするような口調で言うと、空を飛んでいる他の鳥人もゲラゲラと醜悪に笑った。

 この大河には海賊らしい海賊も出ないため、この船には護衛となる戦力がほとんど乗っていない。空賊からしてみれば、乗員・乗客を皆殺しにして積み荷を奪うのもさほど手間にはならないのだろう。


(時間が経てば異常に気がつき、沿岸から憲兵が駆けつけてくるかもしれないが……さて、いつになることやら)


 ここは大河のちょうど真ん中。

 憲兵が船で駆けつけてくるとしても時間がかかるはず。もちろん、空賊だってそれまでは待ってくれないだろう。


「クッ…………わかった。持っていけ」


 船長が悔しそうに表情を歪め、積み荷を明け渡すことを了承する。

 人命を最優先させた判断。どうやら、この船の船長は善良な人間のようだった。


「待て待て! そんな勝手は許さんぞ!」


 しかし……せっかくまとまりかけた交渉に横槍を入れる人間が現れた。

 船長と空賊の会話に割って入ってきたのは、いかにも高級そうなスーツを身に着けた中年男性である。

 見事に禿げ上がった頭を脂汗でテカテカと光らせた中年男性は、のっしのっしと贅肉でたるんだ身体を揺らして船長のもとに駆け寄った。


「この船はワシの財産も運んでいるのだぞ!? 下賤な鳥頭共に恵んでやるものなどあるものか! 命令だ、空賊などに従わず徹底抗戦しろ!」


「おいおい……馬鹿なのか、あのオッサンは。毛根と一緒に理性まで死滅してるのかよ」


 少し離れた場所で様子を窺っていたカイムが、思わず暴言を吐く。

 察するに、どこぞの富豪か貴族なのだろうが……明らかに状況判断ができていない。

 この場で空賊に逆らって良い事などあるわけがない。ましてや、武器を向けてくる鳥人を「下賤な鳥頭」呼ばわりするなど、正気の沙汰とは思えなかった。


「殺されるぞ、アイツ……俺の知ったことじゃないが」


 カイムの予想通り、鳥人の空賊は明らかに気分を害したらしい。鳥顔の表情はわからないが……頭上から殺気立った空気が伝わってくる。

 空賊の怒気を感じ取ったのか、慌てて船長が両手を広げて中年男性の前に立ちふさがる。


「ちょ……お客さん! 話し合いの邪魔をしないでくれよ! せっかく穏便に済みそうなんだから引っ込んでてくれ!」


「ええいっ、雇われの船員ごときがワシに偉そうに指図するな! 船の責任者ならば命がけでワシの財産を守らんか!」


「そんな無茶な……この船には荷物番程度の戦力しか乗ってないんだよ! 長らく、この河には賊なんて出なかったんだから!」


「そんなことワシが知ったことか! 船乗りだったら、この程度のアクシデントに臆することなく立ち向かわんか!」


 船長と中年男性が言い争いを始めた。

 船のデッキに白けた空気が広がっていく。

 遠巻きに様子を見ている船員も乗客も、空を飛んでいる鳥人の空賊すらも「そんなことしてる場合かよ」と呆れ返っている。


「あ……キャプテン、不味いぜ!」


 無駄な口論をしていると……空賊の一人が遠くを指差して叫ぶ。


「町の憲兵だ! 漁師どもの船を借りて、こっちに向かってきてるぞ!」


 見れば、大河の西側――オターリャの港から数隻の船が出ている。船には憲兵らしき兵士が乗っている。

 どうやら、連絡船の異変に気がついたらしい。


「チッ……予想以上に動きが速いな。もう少し時間があると思ったんだが。しょうがねえ……積み荷は諦めろ! 目につく金目の物を奪うだけ奪ってさっさと引き上げるぞ! 依頼された通り、船に火をかけるのも忘れるな!」


「なっ……話が違うぞ!? どうして船を焼くだなんて……!」


 船長が慌てて言い募るが……鷹鳥人が苛立ったように手にしていた槍を振り、柄の部分で船長を殴りつける。


「グワッ!?」


「うるせえっ! クソが……簡単で儲かる仕事だと思ったのに、こんなに速く兵士が駆けつけるとか聞いてねえぞ! 誰だよ、この港の連中は平和ボケしているから楽勝だとか言った奴は!」


「き、貴様、この船にはワシの財産が……ワシは帝国貴族で、こんなことをしてタダで済むと……」


「知るか! テメエが騒ぐせいで時間を無駄にしたんだろうが! 豚はさっさと死にやがれ!」


「ウギャアアアアアアアアッ!?」


 鷹鳥人が槍の穂先で中年男性を斬り裂いた。胴体からパッと赤い血が舞い、でっぷりと肥えた巨体が倒れる。


「さっさと奪え! 邪魔する奴は殺せ! 金目の物と……そうだ、高く売れそうな女も攫って……」


「はい、アウト」


「ギャッ!?」


 紫毒魔法――【飛毒】

 カイムが指先から撃ち放った毒の弾丸が鷹鳥人の顔面に命中した。

 鷹鳥人は何度か翼をはためかせたが……そのままゴロリと船のデッキから海に墜落する。


「交渉決裂……どうやら、見物はここまでのようだ。『女を攫う』……だって? 舐めたことをぬかしてくれるじゃねえか」


「カイム様?」


 鷹鳥人を瞬殺したカイムは忌々しげにつぶやいて前に出る。

 ティーが不思議そうに呼びかけるが、その肩を「問題ない」とばかりに軽く叩く。


「それはいただけないな。船を焼かれるのも困るが……俺の女に手を出されるのはそれ以上に不愉快だ! 殺してやるからかかって来い。全員、海の藻屑にしてやるよ!」


 カイムは頭上を飛んでいる鳥人の空賊に向かって、挑発するように中指を突き立てたのである。






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