第44話 帝国の街並み


 大河の東岸の町。帝国西端の都であるこの港町の名前は『フォーカ』という。

 広大な大河に面する交易の玄関口。物流が盛んであることは西岸のオターリャの町と変わらない。大通りは数えきれない人の波で溢れかえっており、注意して歩かないと同行者とはぐれてしまいそうだ。


 オターリャと異なっていることと言えば、通りを歩いている人間の人口比率だろう。帝国領であるこの町には人間以外の種族が大勢見られた。


 獣の耳と尻尾を生やした女性が露店で買い物をしている。

 爬虫類の頭を持った男が大きな口を開けて客を呼び、魚を売っている。

 二本足の猫が子供と一緒に走り回り、鬼ごっこをしている。

 梟の顔をした老人らしき人物が道の端に座り込み、心地よさそうに寝息を立てている。


 人類至上主義を掲げる教会の影響があり、亜人差別が強いジェイド王国ではありえない光景だ。

 メイド服の虎人――ティーが大通りを歩いていても、誰一人として不審な目を向けてくることがなかった。


「うん……居心地の良さそうな町じゃないか。気に入ったぞ」


 カイムは感心して頷いた。

 ジェイド王国では獣人や亜人は奴隷か、さもなければ路頭に迷った浮浪者しかいなかった。

 多くの種族が混合して共存している光景は異質なものだったが、人種のサラダボウルともいえる混沌とした街並みがカイムの目には好ましく思える。


「帝国は実力主義を掲げており、相応の能力があれば種族は関係ないのです。他国から訪れる人は驚く人が多くて、中には不快に思われる方もいらっしゃるようですけど……」


 ミリーシアが横に並んできて補足する。頭には先ほどと同じように変装用のフードをかぶっていた。


「ハッ! ウチの国の連中はどいつもこいつも頭が固くて排他的だからな。自分達とは異なる存在、理解できない連中が怖くて仕方がないんだよ。器が小さいというか、肝っ玉が小さいというか……」


 カイムが含蓄のある言葉で吐き捨てる。

 人間として生まれたカイムであったが、『呪い子』として生まれたことでずっと差別されていた。

 ジェイド王国の悪しき国風は嫌というほど思い知っている。


(あるいは、この国に生まれていたら俺の人生もちょっとは変わってたかもしれないな……どうでもいいが)


 などと考えるカイムであったが……もしも不幸な幼少期を送っていなかったら、『毒の女王』と和解して融合することもなかったかもしれない。

 カイムはいずれ呪いに身体を喰い尽くされ、『女王』の新しい器として身体を乗っ取られていただろう。


(何が幸いするかわからないな。人生は面白おかしいというか、ままならないというか……)


「お嬢様、これから如何いたしましょうか?」


 後ろから続いていたレンカが尋ねてくる。ミリーシアがフードの奥で少しだけ考えるそぶりを見せた。


「そうですね……今夜は宿を探して一泊しましょうか。まだ明るいですけど、早めに宿泊先を見つけておいた方がいいでしょう」


 交易都市であるフォーカの町には行商人や旅人が大勢やってくる。

 まだ日は高いため時間に余裕はあるが……油断していたら、先日のように何軒も宿を捜し歩くことになるだろう。


「そうだな……寝床を決めるのは早いに越したことはない。四人で泊まるとなればなおさらだ」


 カイムが同意すると、それまで黙っていたティーが前に出てきて主人の腕に抱きついた。


「それじゃあ、ティーがカイム様と泊まりますわ! そちらはお二人で宿を取ってくださいな!」


「待ってください! どうしてそうなるのですか!?」


「ムッ……」


 甘えるようにカイムの肩に顔をすり寄せているティーに、ミリーシアが声を荒げた。護衛の女騎士であるレンカも隣で眉をひそめている。


「空いている四人部屋を探すのは大変ですの。二人部屋を二つ探した方が確実に見つけられますわ」


「それはそうかもしれませんけど……だからって、ティーさんがカイムさんと同室になることはないでしょう!? 昨晩は譲ってあげたのだから、今日は私がカイムさんと泊まります!」


「お嬢様……それもどうかと思うんですが……」


「レンカ! レンカは悔しくないのですか!? カイムさんはみんなのカイムさんなのに、ティーさんだけに独占させるなんてあってよいことではありませんよ⁉ 条約違反です!」


「条約ってなんだよ。人を勝手に共有財産にしないでくれ……俺は俺のものだよ」


 ミリーシアの言い分にカイムが横槍を入れる。

 確かに、ミリーシアとレンカを抱いて恋人関係になることは了解した。ティーとも似たような状態になっている。

 だからと言って、自分を勝手に私物化されるのはさすがに困ってしまう。


(何だろうな……三人の美女が俺を奪い合ってくれる。男としては羨ましいことなのかもしれないが、全然、嬉しくないんだが……)


 ハーレムというのは楽園のようなイメージがあるが……意外と大変なものなのかもしれない。

 カイムは複数の女性に囲まれる男の苦労をしみじみと感じ入った。


(できれば、一人部屋と三人部屋で分かれることができたのなら有り難いんだが……そう上手くいくだろうか?)


 案の定というか、やっぱりというか……その日、カイムら一行は別々の宿にそれぞれ二人ずつに分かれて泊まることになった。

 早い時間から宿を探しはじめたものの、予想以上に宿屋が賑わっており、同室どころか同じ宿の部屋すら四人分を取れなかったのである。


 レンカが主人であるミリーシアと離れることに苦言を呈したことで、虎人メイドが狙い通りに主人と同じ部屋を獲得したのであった。


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