第36話 観光
それから色々と話し合った結果、一行にティーを加えて帝国に向かうことになった。
すでにティーには『毒の女王』と融合したことについて話してある。ミリーシアらと違ってカイムの姿が変貌したことを知っているため、事情を説明する必要があったのだ。
カイムと三人の女性は連れ立って宿を出て、帝国行きの船のチケットを買いに行く。
船着き場にある売場につくと、若い男性店員がチケットの販売をしていた。
「帝国行きを四枚だね。金貨二枚だよ」
「はい、こちらでお願いします」
一同を代表して、ミリーシアが全員分のチケットを購入した。
若い女性……それもいかにも高貴そうな女性客に、男性の販売員も笑顔で対応する。
「えーと……今日の船はもういっぱいだから、出向は明日の正午だよ。乗り遅れてもチケット代の払い戻しはしないから気をつけてくださいよー」
「明日? ずいぶんと早いのですね?」
帝国行きの船はいつも混んでおり、運が悪ければ一週間以上も待たされることがあるらしい。次の日のチケットが取れるなんて、滅多にない幸運だった。
「たまたまキャンセルした客がいてね。明日の船が空いてるんだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ミリーシアがチケットを受け取り、少し離れた場所で待っていたカイムらのところに戻ってくる。
「どうやら、明日には帝国側に渡れそうです。予想していたよりも早い出発になりそうですね」
「それは何よりだが……あー、時間があるのならこの町を観光してきたいのだが、構わないか?」
ミリーシアはそうではないようだが、カイムにとっては生まれて初めて訪れる交易都市だ。ゆっくりと見て回りたい気持ちが強い。
「もちろん、構いませんけど……ティーさんも一緒なのですよね?」
「もちろんですわ。ティーはカイム様のメイドですもの!」
カイムの後ろに控えていたティーが堂々と言う。
紆余曲折があったものの、結局ティーも旅に同行することになり、一緒に帝国に行くことになった。
ミリーシアは不満そうだったが……それでも、反対はしなかった。
「それでは……私達は旅に必要な物資を補充いたしましょうか」
「はい、お供いたします」
ミリーシアの言葉に従者のレンカが頷く。
「いいのか? 荷物持ちが必要だったら手伝うが……」
「いいえ、構いません。カイム様はゆっくりと観光を楽しんできてください。収納機能のある指輪もありますし、この町は治安が良いですからレンカがいれば護衛も問題はありませんよ」
ミリーシアはチラリとティーの方を見やり、やや不服そうに唇を尖らせた。
「……そちらの従者とも積もる話があるのでしょう? ゆっくり話をしてきては如何ですか?」
「あー……そうだな。そうさせてもらおうか」
どうやら、気を遣わせてしまったらしい。カイムは気まずそうにうなずいた。
「がう、いいですの? 敵に塩を送るようなことをして」
「構いませんわ。カイム様ほどの卓越した御仁を独り占めできるとは思ってませんもの。ただし……正妻争いは負けませんから、覚悟しておいてください」
ティーとミリーシアが顔を合わせてバチバチと火花を散らせている。その後方では、レンカが疲れたように肩を落としていた。
「……もう、早く行ってくれないか? 貴殿らといるとお嬢様がいつものお嬢様ではなくなってしまうのだ」
「……苦労をかけるな。そっちは頼んだ」
カイムは苦労性の女騎士を労いつつ、「行くぞ」とティーを促して大通りを歩いていった。
ティーが慌てて後に続いてくる。冒険者風の装いのカイムとメイド服を着たティー、関係性のわかりづらい男女が並んで通りを進んで行く。
「さて……初めての町、初めての観光だ。ティーはどこか行きたい場所はあるか」
「がう、ありますわ。だけど……後で結構ですの。先にカイム様が行きたい場所に行ってくださいな」
「俺の行きたい場所か。そうだな……」
カイムはいくつかの場所を頭に浮かべる。朝に露店を周った際、町の観光スポットについて聞き取り調査をしていたのだ。
チェックしていた場所はある。そこに向かってみるとしよう。
「じゃあ、とりあえずは町の高台だな」
カイムは人の流れに沿って大通りを歩いていき、坂道を上る。
緩やかな勾配の坂を上っていった場所にあるのは町を見下ろすことができる高台だった。
「おお……絶景だな!」
「がう……これは見事ですの! すごいですの!」
高台に昇り詰めた2人は同時に感嘆の声を上げる。
そこからは町全体が見渡すことができ、遠くに目を向けると町に沿って海に流れる大河を目に移すことができた。
広大な大河が陽の光を反射してキラキラと輝き、まるで巨大な宝石箱のようである。
「なるほど……これは確かに一見の価値がある。教えてくれた飯屋の旦那に感謝だな」
「がうう……まるで夢みたいですわ! カイム様と一緒にこんな景色を見れて。こうやって、一緒に旅ができるだなんて! あの屋敷にいた頃からずっと、カイム様といろんな場所に行ってみたかったんですの!」
「ティー……」
忠誠心あふれる言葉に胸を撃たれ、カイムは感極まって肩を震わせる。
しかし……次に放たれた言葉を聞いて、別の意味で胸を撃たれることになった。
「カイム様が勝手にいなくなってしまったときには、ショック過ぎて泣きそうになってしまいましたが……こうやって一緒に旅先を観光できるだなんて幸せですわ!」
「グッ……」
言葉にさりげなく含まれていた棘にカイムは胸を抑えた。
頭を抱えてしゃがみ込み、項垂れながら何度目になるかわからない謝罪を口にする。
「……いい加減に機嫌を直せよ。悪かったって言ってるだろうが」
「がう、ですからもう怒ってませんわー。カイム様にも事情があったようですし、
「……また含みのある口ぶりだな。言いたいことがあるのならはっきりと言えよ」
「がうっ、いいんですの? だったら言わせてもらいますわ!」
ティーがずずいっとカイムに顔を近づけてくる。
「カイム様、ティーは怒っていますわ!」
「うっ……だから、そのことは……」
「置いて行ったことではありませんの! 私の知らないところで、知らない牝と交尾をしていることについてですわ!」
「はあ!?」
カイムは慌てて周りを見回した。
周囲には少なからぬ人間がいる。カイムと同じ観光者だったり、散歩に来ている町の住民だったり。
彼らは『交尾』というただならぬ言葉を聞いて、怪訝な視線を向けてきている。
「ティー、こんな場所でなんて話を……! 周りの目をちょっとは気にしろ!」
「カイム様が悪いですわ! あんな牝共の誘惑に乗ったりして……ティーは怒ってます! 傷ついてます!」
「どうしてお前が傷つくんだよ……アイツらとのことは色々と事情があってな……」
「だから、ティーは謝罪と補償を要求するのですわ! これから、ティーが行きたい場所に一緒に行くですの!」
「あ……おお?」
ティーがカイムの腕を抱いてグイグイと引っ張っていこうとする。
エプロンドレスに包まれたたわわな感触に、カイムは成すすべもなく引きずられていく。
(コイツ……そう言えば、昔から発育は良かったんだよな)
子供の頃は意識したことはなかったが……ティーとは幼少時に一緒に風呂に入ったこともある。
十代の頃から胸の発育がとんでもなく良くて、二十歳を迎えた現在ではまるで二つの巨大な山となっていた。
昔なじみのメイドにこれまで感じたことのない感情を抱いてしまい、カイムは心臓を激しく高鳴らせてしまう。
「そ、そういえばお前が行きたい場所にも付き合う約束だったな……それで、どこに連れて行くつもりだよ」
腕を引かれながら訊ねると、ティーがカイムの方を振り返る。
悪戯っぽい笑顔が浮かんだ顔。その瞳はまるで獲物を追い詰める肉食獣のように妖しい光を放っていた。
「
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