第35話 修羅場
「…………」
「…………」
「…………」
宿屋の一室で三人の女性が顔を合わせている。
三人の間には……ついでに唯一の男性であるカイムにも、息が苦しくなるような気まずい空気が流れていた。
「カイム様、どなたですの……こちらの方々は?」
一人目はメイド服を着た獣人の女性――ティー。
カイムにとって家族と呼べる長い付き合いのメイド。幼い頃から面倒をみてくれた姉のような存在である。
「カイムさん、説明してくれますよね? こちらの女性はどなたです?」
二人目は地味めだが上品なデザインのドレスを着た女性――ミリーシア。
数分前、めでたくカイムの恋人となった帝国貴族の娘。盗賊から助けたことがきっかけで、カイムの身体から出た魅了作用のある毒を取り込んでしまった被害者でもある。
「まさか……私やお嬢様以外にも手を出していたとは。英雄色を好むとでも褒めれば良いのか、呆れれば良いのか……」
三人目は動きやすい簡素なパンツルックの女騎士――レンカ。
ミリーシアと同じくカイムの恋人になった女性。魅了毒の被害者その二であり、カイムを敵視しながらも肉体的には虜になっている可哀そうな人物である。
三人はカイムを中心にトライアングルを作って睨み合っている。
牽制する女性達の鋭い視線に、中央に据えられたカイムが背筋から汗を垂れ流した。
(何だこの修羅場は……俺、何か悪いことをしたのか?)
していないわけがなかった。
具体的には……誰よりも思ってくれていたはずのメイドを置き去りにして、故郷から出奔したこと。
媚薬に冒された女性を治療するため、自分の体内の毒を飲ませ、最終的には中毒にしたこと。
二人の女性を手込めにしてゴチャゴチャあった結果、両手に花の恋人関係を築いたこと。
有罪か無罪かと訊かれればもちろん有罪だが……カイムとしては、どれも良かれと思って取った行動の結果である。
一方的に責められるポジションにいるのは非常に納得がいかなかった。
気まずそうに座っているカイム。誰に強制されたわけではないが、もちろん正座である。
そんな哀れな恋人を見下ろし、ミリーシアが不服そうに唇をとがらせた。
「こちらの女性は……服装からしてメイドですよね? カイムさんは平民だと仰ってましたけど、ひょっとして嘘をついたんですか?」
「……嘘ではない。平民だよ。父親と母親、それと妹が貴族だというだけのことだ」
「どうやら訳ありのようですね……まあ、それは追求しないでおきましょう」
ミリーシアは「フウ」と溜息をついて、頬に手を当てて物憂げに首を傾げる。
「私はカイムさんの恋人なのですけど……あなたはどのような関係なのですか? やはり、服装通りに使用人でしょうか?」
「ガウッ! 恋人……!」
牽制のように放たれた言葉に、ティーが唸るように牙を剥く。
わずかにたじろいだ様子だが……それでも、目の前のお嬢様に果敢に立ち向かう。
「ティーはカイム様の従者で家族ですわ。一緒に寝たこともあれば、お風呂に入ったこともありますの!」
「へえ……それはそれは。一緒に寝たことならば私だってありますよ?」
「どうせ一度きりなのでしょう? 私は何度も寝ましたよ」
「密度は私達の方が上です。だって……その先までしていただきましたもの」
「ガウウッ……!」
勝ち誇った様子のミリーシアに、ティーが悔しげに鳴く。
ミリーシアが一歩リードしたようだが……ティーがバッと勢いよく自分のスカートをまくる。
「うおっ!?」
「子作りくらいティーだってできますわ! たまたま横入りしてきた泥棒猫の分際で偉そうにするんじゃないですの!」
「くっ……まさか昼間からそこまでするなんて……!? こうなったら……レンカ! 私達も脱ぎますよ!」
「ええっ!? お嬢様、私も参戦するんですか!?」
「当然です! 私達の絆、愛をここで見せてあげましょう!」
服を脱ぎ始めたティーに対抗して、ミリーシアまでもがドレスの胸元を開く。レンカは涙目になりながらも、主君に逆らうことができずにズボンを脱いで下着を露出する。
三人の女性が見る見るうちに半裸になっていく。非常に素敵でカオスな状況であった。
「ちょ……お前ら、何やってんだ!? まだ真昼間だぞ!?」
斜め上につきだした展開に、カイムが慌てて止めにはいるが……血走った目の三人がずずいっと距離を縮めてきた。
「さあ、カイム様! 交尾をするですの!」
「させません! カイムさんは私達の恋人です!」
「ううっ……責任を取れ。この不埒者っ……!」
「うええええええええっ!?」
三人の女性に迫られ、カイムが悲鳴を上げる。
男として幸せそうなシチュエーションと思えなくもないが……肉食獣のように迫られると、喜びよりも恐怖の方が強い。
少なくとも……昨晩、童貞を卒業したばかり若造には難易度がハードすぎる状況である。
「ちょ、ま……待て! 待て待て!」
「ガウッ、待ちませんわ! カイム様、覚悟するですの!」
「私だって負けません! 帝国女は度胸が命です!」
「ううっ、どうしてこんなことに……私が何をしたというのだ……」
三者三様で迫ってくる女性。
追いつめられたカイムは激しい恐怖に顔を青ざめさせるが……予想外の方向から救いの手が差し伸べられた。
「あの……お忙しいところを失礼します」
「あ……」
いつの間にか部屋の入口に立っていたのは、宿屋の看板娘である。
小柄なソバカス顔の少女は顔をトマトのように赤くして、扉の陰から四人の痴態を覗き見していた。
「えっと……その……チェックアウトの時間なんですけど。もう一泊するのなら、追加で料金をいただかないと……」
「………………ああ、すまん」
カイムが気まずそうに首肯した。
盛り上がっていたところに水を差されて、半裸の三人もおずおずと服を着始める。
結局、カイムは宿賃とチップをはずんで支払い……それと引き替えに大事な何かを守ったのであった。
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「異世界で勇者をやって帰ってきましたが、隣の四姉妹の様子がおかしいんですけど?」の連載を再開いたしました。
改めまして、こちらの作品をどうぞよろしくお願いします!
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