第34話 仁王、立つ


 ティーに捕まったカイムは彼女を連れて宿屋に戻った。

 とりあえず宿の食堂にティーを待たせておき、ミリーシアとレンカに事情説明をするために部屋に戻る。


「カイムさん……まずは言い訳することはありますか?」


「…………」


 宿屋に戻ったカイムは即座に床に正座させられた。

 目の前にはミリーシアとレンカが腕を組んでおり、仁王立ちのように立っている。

 当然ながら、ちゃんと服は着ている。早朝のように全裸ではない。

 ミリーシアが底冷えのする笑顔で詰問してきており、レンカはその後ろで顔を真っ赤にさせて拳を小刻みに震わせていた。


「あー……えっと、その……ちょっと朝飯を買いにだな……」


「どうして、私達を置いてどこかに言ってしまったんですか? 目を覚ましてカイムさんがいなくなっていて、とても不安だったんですよ? ひょっとしたら、私達を捨てて行ってしまったのではないかと。やることをやって用済みになってしまったのかと」


「うっ……」


 白状するのであれば……半分、いや三分の一くらいは捨てるつもりだった。責任放棄して全力で逃げるつもりだった。

 もちろん、そんなことは口にできない。カイムは喉まで出かけた言葉をグッと飲み込んで押し黙る。


「私もレンカも殿方に抱かれるのは初めてだったのですよ? 生まれて初めて恋人と夜を共にしたといのに、朝になったら殿方いなくなっているなんて悪夢ではありませんか。カイムさんは私達を悲しませて楽しいですか? 楽しいからやったんですよね?」


「恋人って……俺達のことだよな?」


「違うんですか? 恋人でもない女を抱いたのですか? ひょっとして……私達のことを娼婦か何かと勘違いしてましたか?」


「恋人で! 恋人でいい! だから……もう勘弁してくれ!」


 矢継ぎ早に嫌みを連射してくるミリーシア。とうとうカイムが降参して両手を床に投げ出した。

 恋人であることを認めた瞬間、ミリーシアが「してやったり」とばかりに笑みを浮かべたのだが……カイムは言質を取られたことに気づいていない。


「はい。それでは……カイムさんは私達の恋人と言うことで。レンカもいいですよね?」


「当然だ……私を傷物にした責任を取れ」


 レンカが上目遣いに睨んできた。

 瞳に涙を溜めて見つめてくる表情は年上とは思えないほど子供っぽく、思わずカイムがドキリとさせられる。

 こうなると、もはや逃げ場はない。前も後ろもガッチリと道をふさがれている。


「……わかったよ。俺も男だ。責任とか言われても困るが、できる限りのことはしよう。それよりも……君達の方こそ本当にいいのか? 俺は何の地位もない旅人で、そっちは帝国の貴族だろう?」


 おまけに……カイム一人に対して女性が二人。両手に花という状態である。

 ミリーシアとレンカの方こそ、そんな爛れた関係を受け入れることができるのだろうか?


「問題ありませんよ。私の父にも複数の妻がいますから」


 ミリーシアがニコニコと笑顔で首を傾げた。

 一夫多妻……それが何の問題があるんだと言わんばかりの態度である。


「……帝国は実力主義だ。相応の強さがあれば騎士や貴族の地位を得るのは難しくない。貴殿ほどの実力者であれば男爵以上の爵位は確実に得られるだろうし、功績を上げればさらに上も狙えるだろう。貴族ならば複数の妻をめとるのは当然のこと。気にはしない」


 レンカもまた追従して補足する。


 帝国はジェイド王国の十倍以上の国力がある大国。

 彼の国を強国たらしめているのは富国強兵、実力主義。

 血筋や家柄にこだわることなく、実力のある人間を臣下として取り立ててきた結果である。


「そうかよ……つまり、二人とも俺の女になるのに異論はないわけか」


 カイムとしては望むところ。都合が良過ぎる展開だった。

 ミリーシアとレンカほどの美女を恋人にできるなんて、男冥利に尽きる話である。


「カイムさんとは初めて会ったときから他人のような気がしなかったのです。まるで濃密な口づけを交わした恋人のように……ひょっとしたら、前世で恋人だったのかもしれませんね」


「私はとてもムカつく。ムカつくのだが……貴殿とは離れることができない気がする。腹立たしいが、私とお嬢様の伴侶として認めよう」


「……そうかよ、嬉しくって泣きそうな気分だ」


 もしも二人が、自分達がカイムの毒によって惹きつけられているのだと知ったら……さすがに怒るだろうか?

 怒るかもしれないが、それでも二人が離れていくことはない……根拠はないがそんな気がした。


(俺が悪いのか……いや、悪いんだろうな。狙ってやったことではないとはいえ、俺の身体から出た毒を取り込んで魅了されたんだから)


「責任か……そりゃあ、取らなくちゃいけないよな」


 それはともかくとして……カイムには、もう一つ報告しなくてはいけないことがある。


「あー、二人に紹介したい奴がいるんだが……呼んできてもいいよな?」


「「え?」」


 ミリーシアとレンカがきょとんとした顔で目を瞬たかせる。


 口で説明するよりも実際に会ってもらった方がいい。面倒事は一度に片付ける方が良いに決まっている。

 カイムは一度部屋から出て、下の食堂で待たせているティーを呼びに行くのであった。






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