第29話 淫夢が如く


「ちょっ……ええっと……あ、夢か?」


 珍しく混乱したカイムは異常事態をそう結論付けるが……下半身に感じる重み、柔肉の感触は紛れもなく本物である。


「いや、夢じゃない!? 何やってんだ、ミリーシア!?」


 半裸の姿で自分に跨っているミリーシアに、カイムは泡を喰ったように叫ぶ。


「どうやったらこんな展開になるんだよ!? 痴女か、お前は!」


「カイムさんが悪いんですよ……私、本当はこんなエッチな女の子じゃないんですから……」


「はあっ!?」


 カイムも混乱しているのだろう。

 しっとりと瞳を濡らして言い募るミリーシアに、思いきり声を裏返らせる。


 盗賊から救出して以来、ミリーシアの行動や態度からは自分に対する好意を感じていた。だが……いくら何でも、こんな夜這いじみた真似をされるような覚えはない。


(それに……何だ、この眼は……?)


 そして、カイムは気がついた。

 瞳を熱っぽく潤ませるミリーシアであったが、そこには狂おしいほど激しい情欲の色が浮かんでいる。

 その瞳には見覚えがあった。盗賊が根城にしていた洞窟で媚薬を飲まされていた時とそっくりの目である。


「まさか……薬の後遺症!? 今になって、禁断症状でも出てきやがったか!?」


 大麻をはじめとした一部の薬物には、服用後しばらくしてから禁断症状が現れるものがあった。

 これまでそんな素振りはなかったが、ミリーシアが飲まされた媚薬にもまた強力な依存性や後遺症があるのかもしれない。


「お、お嬢様!? 何をしているのですか!?」


 カイムの叫びを聞いて、ベッドで眠っていた女騎士も目を覚ます。

 レンカはカイムに跨って嫣然と笑うミリーシアの姿を見て、射殺すように瞳を険しく吊り上げさせた。


「貴様……お嬢様に何をした!? お嬢様に手を出してタダで済むと思っているのか!?」


「いやいやいやいやっ! よく見ろ、襲われてるのはこっちの方だ!」


「ええい、お嬢様が男を襲うなどという淫らな真似をするわけがない! これは貴様が悪い、悪いに決まっている! そうでなくてはならんのだ!」


「うっわ……酷い……!」


 どうして、こういうシチュエーションでは男が悪者にされてしまうのだろう。

 カイムは世の中の不条理を感じつつ、それでもレンカに助けを求める。


「わかった、事情はちゃんと説明するから……とりあえず、お前の主人を離してくれ! このまま放っておいたら今に腰を振りだすぞ!?」


「クッ……まずはお嬢様の安全確保が先か! やむを得まい……不埒者への成敗は後だ!」


「あんっ!?」


 レンカは噛みつくような怒りの形相で理不尽を吐きながら、ミリーシアをカイムから引き離そうとする。

 半裸のミリーシアを羽交い絞めにしてカイムの上から退かそうとするが、ジタバタと抵抗されてなかなか上手くいかない。


「お嬢様、早く離れてください! 汚されてしまいますよ!?」


「ああん、レンカ。邪魔しないでくださいっ! 私はカイム様に責任を取ってもらうんですー!」


「何を馬鹿なことを……! お嬢様の貞操がこんなあったばかりの男に奪われるだなんて、そんなことがあっていいわけ……」


「主人の命令を利けない騎士にはお仕置きです。んちゅー」


「んぐうっ!?」


 そこで……暴れるミリーシアが予想外の行動に出た。

 自分を羽交い絞めにしようとするレンカに顔を近づけ、その唇を奪ったのである。


「お、おじょうさ……んんうっ!?」


「ちゅー。ペロペロ。うふふ……レンカってば可愛い♪」


 カイムのすぐ目の前で二人の女性がキスをしている。

 舌を絡め合って唾液を交換する、とんでもなく淫らな大人のキスを。


「な、何だこのエロ過ぎる状況は……やっぱり夢じゃないのか……?」


 目の前で繰り広げられる女性同士の痴態に、カイムは顔を引きつらせながらも魅入ってしまう。

 肉体が成長して芽生えたばかりの本能がこれでもかとくすぐられる。淫靡で退廃的な光景を前にして、思わず「ゴクリ」と生唾を飲んでしまった。

 あまりにもカオスな状況に自分が淫夢の中にいるのではないかと疑ってしまうカイムであったが……本当に混沌に放り込まれるのはこれからである。


「んんっ……ああっ、身体がポカポカして変な気分に……ふやあんっ!」


 ミリーシアに唇を貪られていたレンカが突如として高い嬌声を上げた。

 先ほどまで怒りに支配されていた瞳が見る見るうちにピンク色に染まっていき、ミリーシアの目と寸分たがわぬものになっていく。


「くっ……殺せ! よくも私にまでこんな不埒なことを……!」


「ど、どうしたんだよお前まで! 何で感染してやがるんだよ!?」


「く、そ……私ともあろう者がこんな淫らな感情に負けるわけには……負け、負けたりは……くううううっ!」


 両腕で自分の身体を抱きしめるようにして見悶えていたレンカであったが……カクンと肩を落とす。


「……負けた!」


「負けたのかよ!?」


「こうなったら好きにするがいい! 私の身体を力ずくで押し倒し、尻を叩いて嬲るのだ! だが……忘れるなよ。たとえ身体は自由にできても、心までも奪われん! さあ、犯せ! 大人しく私を屈服させろ!」


「『大人しく屈服させる』って意味がわからないんだが!? どうして俺が加害者みたいになってんだよ。本気でどうなってやがる!?」


 淫らな欲求に敗北したらしいレンカが、豪快に寝間着を脱ぎ捨てて下着姿になった。

 ミリーシアと一緒になってカイムににじり寄ってきて、肉食獣のように両目を爛々と輝かせて迫ってくる。


「貴様が悪い。何故だかわからないが……貴様が悪いのだ! 責任を取ってもらうぞ!」


「その通り。カイムさんが悪いんですよう……そういうわけで、責任を取って私達のことを好きにしてくださいな」


「どういうわけだ!? いや、これは本当に薬の後遺症なのか!?」


 密着してくる二人の裸身。カイムはゾワゾワと鳥肌の立った背筋を震わせて逃げ道を探す。

 本気で抵抗をすれば振り払えなくもないのだが……女性に対して手荒な扱いをするわけにもいかない。

 何より、カイムの内側から正体不明の熱が込み上げてきて、「やれ、やってしまえ!」と訴えかけてくるのだ。


 生まれて初めて味わうであろう、押し寄せる激しい情動。

 耐え難い雄の本能リビドーに脳内を侵略され、いつしかカイムの喉はカラカラに乾いていた。


(喉が……水……)


「カイムさん……チュッ」


 水分を求めるカイムの口にミリーシアが吸い付いてきた。


 口内に侵入してくる柔らかな舌の感触。甘酸っぱい唾液。


「…………!」


 カイムの中でぷっつりと何かが切れる音がした。

 もはや我慢する気も起きず、カイムは両手でミリーシアの裸身を抱きしめたのである。






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