第28話 夜は終わらない


 女性陣が寝間着に着替えるのを待って、その日は就寝することになった。

 ミリーシアとレンカが並んでベッドに眠り、カイムは床で毛布にくるまって横になる。


「スウ……スウ……」


「んっ……クー……」


「……眠れないよな。流石にこの状況は」


 女性二人の寝息を聞きながら、カイムは天井に向けて深い溜息を吐き出した。

 意識してのことではないのだろうが……女性の吐息というのは、どうしてこうも艶めかしく聞こえるのだろう。

 少し視線を向ければ、寝間着を纏って寄り添うようにして眠る彼女達の姿を拝むことができる。とてもではないが眠っていられるシチュエーションではなかった。


「クソ……何だ、この心臓の高鳴りは……!」


 母親やティーと同衾したことはあるが、あの時はこんなにも胸が騒ぐ感覚はなかった。

『女王』と融合して身体が成長したことで、カイムは思春期の階段を一段飛ばしで登ってしまったようである。二段飛ばしで二次性徴を終えたことにより、自分の身体に起こった変化に戸惑うばかりだった。


「スウ……スウ……」


 カイムがゴソゴソと居心地悪そうに身じろぎをするが……ミリーシアもレンカも目を覚ます様子はない。

 やはり旅の疲れがあったのだろう。ベッドに横たわるや、すぐに女性二人は眠ってしまったのだ。

 最初はカイムのことを警戒していた様子のレンカでさえ、明かりを落として十分も経たないうちに寝息を立てていたのだから、よほど疲労していたのだろう。


(無理もないな。女……それも片方は貴族の令嬢だ。途中で仲間を殺されて盗賊に捕まったりして、安眠もできなかったのだろう)


 考えても見れば、数奇な出会いだ。

 数日前まで『呪い子』としての生活に絶望して己の人生を諦めきっていたというのに、十三年間苦しめられた呪いを克服して旅をしている。

 おまけに、故郷を捨てて旅に出てすぐに訳ありらしき帝国人の二人と出会い、こうして同じ部屋で寝泊まりしているのだ。


 人生というのは、コインを裏返すようにあっさりと変わるものなのかもしれない。

 自分にこんな転機が訪れるだなんて、村人から石を投げられていた頃は考えもしなかったことである。


(明日は船のチケットを取って、空いた時間は観光かな? できれば、町を見て回りたいものだ)


 カイムは女性二人から意識を逸らすため、明日の予定を頭の中で反芻する。


 船はチケットを取って予約してから出航までに日数がかかると言っていた。町を見て回る時間は十分にあるだろう。

 カイムの生まれたハルスベルク伯爵領は田舎であり、領内にある全ての村落を合わせても人口千人に満たない規模だった。

 視界全てが人間で覆われるような都会の町に来たのは生まれて初めての経験である。


(観光スポットとかあるのかな? それに美味い飯、あとは酒ももっと飲みたい。大河と隣接した町だし、やっぱり魚料理とか美味そうだよな)


 町の名所を巡り、河で採れたばかりの新鮮な魚に舌鼓を打つ。そして……また浴びるように酒を飲むのだ。

 考えただけで堪らない。人生を謳歌している実感がそこにはあった。


(やはり旅は素晴らしいな。ひょっとしたら、母様の遺言にもそういう意味があったのかもしれない)


 カイムの母親――サーシャ・ハルスベルクは遺された息子に『本当の家族を探して旅をしろ』と言い残していた。

 あるいは、その言葉には『旅を楽しめ』という意味も含まれていたのかもしれない。


(母様と『あの男』も、若い頃は冒険者として旅をしていたんだよな。誰かと一緒に旅をするって、きっとこんな感じなのか……)


「ふあ……」


 などと考えながら、カイムは大きくアクビをした。

 どうやら、ようやく睡魔が襲ってきてくれたようだ。このまま眠れそうである。


(それで……船で帝国に……河のアッチ側も、観光……して……)


 徐々に意識がまどろんで闇に沈んでいく。

 カイムは明日以降の観光を楽しみにしつつ、睡魔の誘惑に抗うことなく身をゆだねたのであった。


……


…………


……………………


………………………………


…………………………………………………………


「ん……?」


 そのまま夢の世界に旅立っていたカイムであったが……ふと感じるものがあって、瞳を開いた。


「あ……起こしてしまいましたね。カイムさん」


「は……?」


 そして……目の前にある予想外の光景に間抜けな声を漏らした。


「うふふ……カイムさんの寝顔、とっても可愛かったですよ……強くてカッコ良くて、おまけに可愛いだなんて反則ですよ」


 いつの間にか、カイムの眼前に一人の女性がいた。

 金色の髪、青い瞳。窓から差し込む月明かりに浮き彫りになったのは……旅の同行者であるミリーシアである。


「なあっ!?」


「うふふっ」


 妖しい笑みを美貌の顔に湛えたミリーシアは、寝間着を乱して胸元を大きく露出させた格好でカイムの身体に跨っていたのである。






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・勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。

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