第26話 大虎


「なあ、姉ちゃん達! こんな酔っぱらいは放っておいて、俺達のテーブルに来いよ! たっぷり楽しませてやるぜ?」


「そうそう! 食事の後はこっちの部屋で休むといいぜ。ゆっくり休めるかはわからねえけどな! ヒャッヒャッヒャッ!」


「天国に連れてってやるぜー。戻って来れる保証はないけどな!」


「……下種が」


 耳障りな男達の言葉に、レンカはすぐに彼らの目的を悟った。

 男達はミリーシアとレンカ……美貌の女性二人の色香に惑わされ、無謀にもナンパに来たのである。

 男達もまた酒を飲んでいるらしく顔を赤く染めていた。


「悪いが……酔っぱらいごときの誘いに乗るほど、私もお嬢様も安くはない。さっさと失せろ」


「おーおー、気の強い姉ちゃんだなあ! こういう女を泣かせるのが最高に気持ちいいんだよなあ!」


「貴様っ……!」


「鬱陶しい。消えろ」


 レンカが怒って立ち上がるよりも先に短い暴言が浴びせられる。もちろん、それを発したのはカイムである。


「人がせっかく気持ち良く飲んでるんだから邪魔をするな。というか死ね。ハゲ頭を爆ぜさせて粉々になれ。お前らみたいなクズはバラバラになって畑の肥料にするくらいしか利用価値がないんだよ。もしくは家畜小屋の糞まみれの土に還れ。二度と戻ってくるな」


 普段であればもう少し穏便な対処をするのかもしれないが……酒精が入っていることもあり、カイムは容赦ない言葉を吐き続けた。

 あまりにもな暴言の連続に男達はポカンと呆けていたが……やがて言葉の意味を理解したのか、怒りに表情を歪める。


「て、テメエ! この俺に何を言いやがった!?」


「この御方を誰だと思ってるんだあ!? 帝国で知らぬものがいない一流の冒険者――ザッハルム様だぞ!」


 スキンヘッドの男がカイムのすぐ前に立ち、モリモリの筋肉を見せつける。


「『竜殺し』のザッハルム様とは俺様のことだ! テメエのようなひょろいガキが俺様に逆らって、ただで済むと思うなよ!?」


「えっと……どなたですか?」


「どなたって……あ?」


「『ザッハルム』などという冒険者は聞いたことがありませんけど……どなたですか?」


 すごむスキンヘッドの言葉に割って入ってきたのは、これまで事態を静観していたミリーシアである。

 ミリーシアは小首を傾げ、筋肉を見せつけるようなポーズを取ったスキンヘッドに不思議そうに問いかけた。


「『帝国では知らぬものがいない』とおっしゃっていましたけど、私は知らないのですが。私は帝国人なのですけど」


「私も知りませんね……というか、帝国の高名な冒険者がどうしてジェイド王国側にきているのだ?」


 ミリーシアに続いて、レンカまでもが疑問を呈する。


「帝国こそが冒険者の本場。大陸に五人しかいないSランク級冒険者のうち二人が所属しているほどだ。わざわざ帝国を出て隣国にやってくるなど、都落ちにしか見えないのだが?」


「つまり……アレだな。コイツらは帝国で冒険者をしていたが、ろくに成果も出すこともできずにジェイド王国に流れてきたわけだ。その挙句にイキリ倒して宿屋の食堂で女をナンパとかダサすぎるだろ」


「うっ……ぐっ……こ、この……!」


 身もふたもない評価を下したカイムに、スキンヘッドがツルツルの顔を真っ赤に染める。もちろん、酒ではなく怒りが原因である。

 スキンヘッドは噛みつくような怒りの形相で、再びテーブルを叩く。


「お、俺様はかの有名な『拳聖』の弟子なんだぞ!? 俺様に逆らってタダで済むと思ってるのか!?」


「あ……? 『拳聖』の弟子だと?」


 聞き慣れた単語を耳にして、カイムの眉がピクリと跳ねる。

 それはカイムにとって逆鱗と言ってもいい禁句の言葉だった。


「そうだ! 俺は最強と謳われる『拳聖』から手ほどきを受けた武闘家だ! 俺様の拳は岩盤にだって穴を開ける! 俺様を怒らせて生きて帰れると思うなよ!?」


「……面白いじゃないか。だったら、その自慢の拳を振るってみたらどうだ?」


「ああ!? 何だとお!?」


「殴りかかってこいって言ってるんだよ。口先で語るのが武闘家じゃねえだろ。テメエの価値を示したいのなら、まずは拳で見せつけてきたらどうだ?」


 カイムはグイグイと酒を呷りながら、挑発するように反対の手の人差し指をクイッと曲げる。

 余裕の態度で足を組み、立ち上がろうともしない。


「ガキが……死んでも知らねえぞ!」


 スキンヘッドがいよいよ怒りを爆発させて、カイムめがけて殴りかかった。

 その拳はそれなりに速く、大柄な体格から重みもある。自称『拳聖の弟子』だけあって、魔力による身体能力の強化も込められていた。

 スキンヘッドが放った拳がカイムの頭部に命中し……ゴキリと骨が砕ける音が鳴る。


「ヒッ……!?」


「わあっ!?」


 周囲のテーブルからこちらを見ていた客が息を呑む。

 誰もがカイムの頭部が無残に砕けたことを予感し、スキンヘッドもニヤリと会心の笑みを浮かべる。

 しかし……


「フン! 雑魚が……って、痛てええええええええええええええええっ!?」


「へ……?」


「ちょ……ザッハルムさん!?」


 床にうずくまったスキンヘッドに、手下二人が慌てて駆け寄る。

 彼らが目にしたのは……スキンヘッドの拳が無残に砕け、指が折れ曲がっている光景だった。


「な、何だああアアアアアアッ!? どうして、どうして俺の拳のほうが砕けてるんだよおおおおおおおおっ!?」


「ハッ! 雑魚はお前だろうが。他愛もないな!」


 カイムが椅子で脚を組んだまま、嘲笑する。

 肩を上下させて笑うカイムに、ミリーシアが恐る恐る訊ねる。


「えっと……カイムさん、何をしたのですか?」


「別に何もしていない。御覧の通り座ってただけだ」


 実際、カイムは特に何もしていない。

 カイムがしたことと言えば、打撃の衝撃で転ばないように軽く頭部を前方に突き出して拳を迎え撃ったこと。あとは圧縮した魔力を額に集中させたくらいである。


 闘鬼神流を修めた人間は鋼鉄にも近い防御力を得ることができる。圧縮した魔力で覆われた部位を、たかが身体強化した拳くらいでは傷つけることはできないのだ。

 スキンヘッドの男がした行為は無防備な素手で鉄板を殴りつけたようなものである。自分の拳が砕けてしまうのも自然なことだった。


「この程度の相手だったら……小指一本で十分だな」


「ひぎっ!?」


 カイムは砕けた腕を抱えて悶えている男へと、小指の先を突き出した。

 同じく圧縮魔力で強化された指先が、アイスピックのようにスキンヘッド男の左胸に突き刺さる。


「わかるか……俺の指は今、お前の心臓に触れている」


「ッ……!」


「あと一センチ、この指を押し込めばお前の心臓は破裂するだろう。雑魚呼ばわりした相手に命を握られるのはどんな気分だか、教えてくれよ」


 普段であれば、カイムもここまで嬲るようなことはしない。

 しかし……アルコールによる高揚。連れの女性にちょっかいをかけられた苛立ちから、いつもより過激になっていた。


「ゆ、許してくれ……俺が悪かったから……!」


「ああ、構わないぜ」


「へ……?」


 命乞いをされると、カイムはあっさりとスキンヘッド男の胸に刺した指を引き抜いた。そして、何事もなかったかのようにエールのコップを手に取る。

 スキンヘッド男の胸からはほとんど血が出ていない。小さく痕がついているだけで、先ほどの出来事が幻だったように痛みもなかった。


「酒の席の出来事だから見逃してやるよ。ただ……これ以上、俺の連れにちょっかいをかけるのなら相応の覚悟をしてもらうが?」


「わ、わかってる! 悪かったって! もうしねえよ、絶対に!」


 スキンヘッド男は二人の手下を連れて足早に逃げていく。

 そんな小物全開の男達を見送ることなく、カイムはグイグイと飲酒を再開させる。


「カイムさん……また助けられてしまいましたね! 私、感激しましたわ!」


「……礼は言わない。あんなチンピラ、私でも追い返すことができていたからな!」


 ミリーシアが華やいだ表情で両手を合わせ、レンカが唇を尖らせて腕を組む。

 カイムは何でもないことだとばかりに肩をすくめ、エールのコップをテーブルに置いた。


「礼なんていらないな。酒が不味くなる雑味を取り除いただけだ。それよりも……追加でエールを頼んでも構わないか?」


「はい、カイムさんの好きなだけ。支払いは私が持ちますからね!」


 ミリーシアが看板娘の少女を呼んで追加のエールを注文する。ついでに、隙を見てまたしてもカイムの飲みかけのエールをかすめ取って口をつけた。


 結局、カイムはそれから二十杯以上もエールのコップを空けて、とんでもない大虎ぶりを発揮したうえで食事を終えたのである。

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