第21話 ジェネラル・オーク


「あれはまさか……ジェネラル・オーク!?」


「いけない! カイム殿、早く逃げるんだ!」


「あー、いいから引っ込んでおいてくれ。俺は問題ない」


 現れた巨体のモンスターを前にして、離れた場所で戦いを見守っていたミリーシアとレンカが叫んでくる。

 カイムは気のない返事をしながらヒラヒラと手を振り、ジェネラル・オークに目を向けた。


「グッヒッヒッヒッヒ!」


 ジェネラル・オークはカイムの方を見ていなかった。

 巨大な豚の怪物はミリーシアとレンカを見つめており、その瞳は好色そうに濁っている。


『あの牝は俺のものだ。必ず犯す』


 種族は違えど、濁り切った瞳からはそんな意思がハッキリと伝わってくる。


「フンッ、狒々爺ヒヒジジイみたいに好色そうな目をしやがって。豚の分際で、戦いの最中に美女に見惚れてるんじゃねえよ!」


 カイムは苛立ちながら舌打ちをする。

 ジェネラル・オークはカイムから視線を逸らし、二人の女性を見つめていた。

 それは即ち、カイムを敵とみなしていないこと。自分の手下を皆殺しにしたカイムに対して、「お前なんて相手をする価値もない」と舐めてかかっているのである。


「格下の相手に見下されるのは気分が良くないな。とりあえず……殺すか?」


「ブフオオッ!?」


 カイムの身体から爆発するような勢いで強烈な殺意が放たれた。

 鋭い刃物のような殺戮の意思をぶつけられ、弾かれたようにジェネラル・オークが振り返る。

 カイムは黒い体毛の豚に拳を突きつけ、不敵に笑いかけた。


「どうした、冷や水を浴びたような顔をしてるぞ? ようやく気が付いたのか……自分が狩られる側の存在だと」


「ブフウッ……!」


「そうだ。怒れ怒れ。怒りを振り絞ってぶつけてこい。正面から叩き潰してやるからよ!」


「グモオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 カイムの挑発を受けて、ジェネラル・オークがカイムめがけて襲いかかってきた。

 太い腕に握りしめているのは巨大な鉈のような剣。おそらく、旅人か冒険者から奪い取った物だろう。

 ジェネラル・オークの太刀筋には技術も何もあったものではない。ただ力任せに剣を振り下ろすという原始的な戦い方だった。

 だが……腕力のままに武器を叩きつけるだけで、それが『必殺』になる。ジェネラル・オークの一撃には巨石すらも両断できるほどの威力があった。


「闘鬼神流――【青龍】!」


 だが……それが通用するのはせいぜい一流の戦士・・・・・までである。

 超一流の戦士、あるいはカイムのような常識外れの使い手には、ジェネラル・オークの荒っぽい武術な蟷螂の斧のように頼りないものだった。


「フンッ!」


「グブフウッ!?」


 カイムは右手に圧縮した魔力を集中させ、横薙ぎに払う。

 振り抜かれた手刀が文字通りの刃となって大剣を斬り裂き、そのままジェネラル・オークの巨体を両断した。

 ジェネラル・オークの身体が斜めに切断され、ずるりと上半身が地面に滑り落ちる。残された下半身がドピュドピュと噴水のように血を噴いて、やがて思い出したように地面に倒れていく。


 闘鬼神流・基本の型――【青龍】

 これは腕などに纏わせた圧縮魔力を極限まで研ぎ澄まし、刃のような性質を持たせる技である。

 小刻みに振動を繰り返す魔力の刃は『高周波ブレード』と呼ばれるものに類似しており、威力は見ての通り。熟練の鍛冶師が鍛えた名刀にも劣らぬ切れ味だった。


「すごい……これがカイムさんの御力……」


「馬鹿な……! ジェネラル・オークは『伯爵級』の魔物。騎士団が討伐に駆り出されることもある怪物だぞ!? まさかそれを単身で撃破するなんて……!」


「『魔剣姫』、『暴風王』、『拳聖』……カイムさんはSランク冒険者に匹敵する戦闘能力を持っているようですね。どうして、これほどの実力者が無名だったのでしょう?」


 少し離れた場所では、ミリーシアとレンカが驚きに満ちた声で会話をしている。

 美女に褒め称えられるのは悪い気分ではない。カイムは軽く腕を回しながら得意げな表情で振り返った。


「さて……宣言通り、大丈夫だったろう? 先を急ぐかい?」


「は、はい……あ、その前に魔石を回収していきましょう。ジェネラル・オークの魔石となればそれなりの値で売れるはずです」


「魔石……ああ、あったな。そんなもの」


 カイムは思い出したように頷き、二つに切断されたジェネラル・オークの死骸を見下ろした。

 魔石はモンスターの体内で作られる魔力の結晶である。強力な魔物ほど大きく、純度の高い魔石が生成され、武器や薬を作る素材として高値で取引されるのだ。


「『伯爵級』の魔物の魔石となれば家が建つほどの値段になるはずです。他のオークの魔石も数が多いですし。集めておけば、しばらく生活に困らないと思いますよ?」


「そうか。それじゃあ、手早く回収しようかな」


 カイムは腕に【青龍】の刃を纏わせ、ジェネラル・オークの身体を解体する。

 バラバラになった身体から魔石を抜き取り、同じことを他のオークにも繰り返していく。

 いい加減な手つき。完全に魔物の解体をしたことがない初心者丸出しのやり方だった。


「うっ……」


 カイムの荒っぽすぎる解体に、ミリーシアが吐き気を催して顔を背けた。


「あー……悪いな。こういう細かい作業は苦手なんだ」


「いえ……申し訳ありません。お手伝いもできず。オークの討伐もカイムさんに任せてしまい、本当に手間ばかりをかけてしまって……」


「構わない。護衛として雇われていることだし、仕事に含まれている。感謝するなら報酬をはずんでくれればいい」


「はい、必ず。絶対にカイムさんに満足いただける報酬を用意して見せます……絶対に!」


 ミリーシアが胸の前で両手を組み、何か重大な決意をしたような真剣な顔つきで約束する。


「…………?」


 カイムは妙に真に迫った様子のミリーシアに不思議そうな顔になりつつ、作業を再開させるのであった。

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