第22話 初めて港町


 オークの襲撃を乗り越えたカイム達は、そのまま街道を東に向かっていく。

 途中で一日の夜営を挟んでさらに進むこと半日。あと少しで日が暮れるという時間になって、ようやく目指す町に到着した。


「これは海……じゃなくて、でっかい川なのか!?」


 丘の上からその町を見下ろし、カイムは子供のように叫んだ。

 視線の先には景色を上下に両断しながら広大な運河が流れており、そのほとりに大きな町が築かれていた。

 ジェイド王国とガーネット帝国を隔てる河川――『フルーメン大河』。そして、そのほとりに築かれた国境の町『オターリャ』への到着である。


「すごい……すごいな! あんなに広くてデカい川は初めて見たぞ!」


 丘の上からでもわかる広大な大河を目の当たりにして、カイムが年甲斐もなくはしゃいだ声を上げた。『カイム・ハルスベルク』としては十三年しか生きていないのだから、そんな反応も無理はないのかもしれない。

 カイムが住んでいた村にも川くらい流れていたが、もちろん、フルーメン大河とは比べる余地もないような小さなものである。

『毒の女王』から引き継いだ記憶の中には『大河』や『海』に関する情報もあったのだが……やはり自分の目で直に見るのとは感動が違う。


 カイムは生まれて初めて見る大河の景色に、瞳を輝かせて両手を上げる。


「ふふっ、カイムさんってば子供みたい」


「意外と幼いところがあるのだな。少しだけ、印象が変わったぞ?」


 思わずはしゃいでしまったカイムの姿に、女性二人が微笑ましそうな顔になっていた。


「なっ……仕方がないだろうが! こんな大きな川は初めてなんだから!?」


「いえいえ、悪いなんて言っておりません。むしろ可愛くて驚きました」


「貴殿はもっと冷酷で感情の乏しい人間かと思っていたが……私の勝手な思い込みだったらしい。謝罪させてもらう」


「謝らなくていいから忘れてくれると有り難いんだけどな! ああ、畜生め!」


 カイムは照れ臭さを隠すために頭を掻いて、逃げるように丘を駆け下りた。ミリーシアとレンカが慌てて後をついてくる。

 フルーメン大河西側の町――オターリャの入口には長い列ができていた。行商人、旅人、傭兵……様々な人種、職業の人間が列を成して町の入口に並んでいる。


「……どうやら、衛兵の検問があるようだな。これだけ大きな町だから当然なのか?


「王国で指名手配された犯罪者が帝国に逃亡しようとすることが、よくあるからな。町の入口で食い止めているのだ」


「へえ……なるほどね」


 レンカの説明にカイムは気のない返事を返す。

 三人は列の最後尾について、自分達の順番が回ってくるのを待った。

 並んでいる人間は多かったが、町の入口の衛兵も慣れたものらしく、スムーズに審査を進めていく。

 一時間ほど待っていると、カイム達の順番が回ってきた。


 憲兵が三人を順繰りに見て、端的に問いかける。


「町に来た目的は?」


「旅だ。帝国に向かうつもりだ」


「身分証は持っているか? あれば通行税は半銀貨一枚。なければ銀貨一枚だ」


「いや……ないな」


 町の門扉に立っている衛兵が単刀直入に聞いてくる。カイムも隠すこともなく正直に答えた。


「だったら……こちらの宝玉に触れて名前を口にしてもらおうか。犯罪者であればそれでわかる」


「む……?」


 門の横に設置されたテーブルには拳大の透明な玉が置かれていた。水晶玉のように見えるが……いったい、これは何なのだろうか?


「これは犯罪者を判別するためのマジックアイテムで『天使の瞳』と呼ばれています」


 カイムの疑問にミリーシアが答える。


「事前に犯罪者として名前を登録している人間が触れると、この水晶玉が赤く染まるのです。もちろん、偽りの名前を告げても赤くなります」


「へえ……嘘を判断する道具というわけか。面白いな」


「ちなみに、これを開発したのは『ファウスト』という名前の魔術師なのですが、その方も現在は犯罪者として水晶玉に名前を登録されているそうですよ? 皮肉な話ですよねえ」


「…………」


 どこかで聞き覚えのある名前の気がしたが……カイムはあえてスルーすることを選んだ。


「水晶玉に触って名前を言えばいいんだな…………カイム。姓はない」


 嘘はついていない。

『カイム・ハルスベルク』という男はもうどこにもいない。『毒の女王』と融合して、別人として生まれ変わっている。

 案の定、水晶玉に反応はなかった。透明のままである。


「……問題ないな。通行税を払って通れ」


「ああ、ご苦労さん」


 カイムは通行税として銀貨1枚を納めて、町の門をくぐった。

 どうやら、犯罪者として登録されてはいなかったようだ。父親にして伯爵である男をぶちのめしたのだが……やはり、まだ手配は回っていないようである。


「私達はこれで頼む」


 レンカが身分証らしき紙を憲兵に見せる。ちゃんと身分証を所持しているようだ。ミリーシアの分と合わせて銀貨一枚を支払って町の中に入ってくる。


「無事に町にたどり着いたわけだが……これから、どうするつもりだ?」


「とりあえず、今日はもう遅いので宿を取るのはどうですか? 明日にでも対岸に渡る船を予約して、河の向こう側に渡りましょう」


 カイムの問いにミリーシアが答えた。

 オターリャの町はフルーメン大河の西側にあり、河を渡って東側に行くとそこはもう帝国領である。河の東にも町があり、大河を挟んだ二つの町の間では毎日のように船で交易が行われているのだ。


「いや……俺が聞きたかったのはそういうことじゃない。もう帝国に着くのだから、護衛はいらないのではないかと聞いているんだが……」


「あ……」


 カイムの言葉に、ミリーシアが「今気がついた」とばかりに目を瞬かせる。

 ミリーシアの依頼は帝国までの道中の護衛。すでに帝国までは船で渡るだけとなっており、護衛など必要のない状態だった。

 ここでお別れしたとしても問題はないのだが……


「ですが……カイムさんは帝国に行ったことがないのですよね? 案内はいりませんか?」


「それは別に……」


「それにこの町は人が多いだけあって物騒なこともありますし、まだ安全とは言い切れませんよ! 御礼を渡す目途だって立ってはいませんし……ここで別れるのはいくら何でも、焦り過ぎだと思うんです!」


「お、おい……?」


「カイムさんは私達と離れたい理由でもあるんですかっ!? ないですよねっ!?」


「……ないよ。わかったから落ち着いてくれ」


 いつになく必死な様子で言い募ってくるミリーシア。カイムは「どうどう」と馬を宥めるように声をかけて、興奮した令状を落ち着かせる。


「そうだな……どうせ謝礼を受け取るまでは一緒にいなくちゃいけないんだ。もうしばらく、同行させてもらうよ」


「よかった……カイムさんと離れ離れになったらどうしようかと思いました……」


 ミリーシアが安堵したように微笑みを浮かべる。

 よほどカイムと離れたくなかったのだろうが……そんなふうに好意を持たれる覚えはないのだが、どうしたというのだろう。


(盗賊から助けたことが原因か? おかしな依存心が芽生えている気がするのだが……)


 カイムは首を傾げて、令嬢の変化に戸惑った。

 盗賊から助けたことは感謝されること。ここまで護衛してきたことも含めて、頼りにされるのはわからなくもない。

 しかし……出会ったときからどんどん距離を詰められているというか、馴れ馴れしくなっているような気がするのだ。


(それとも、女って言うのはこういう生き物なのか? あまり年の近い女と関わったことがないからわからないな)


 カイムの周囲にいる女性と言えば、母親を除けば、年上のメイドであるティー、双子の妹でありながらも他人以下の関係だったアーネットくらいのものである。

 同世代の女子とまともな交流がなかったせいで、女心というものが今ひとつ理解できていなかった。


「とりあえず……ミリーシアの言う通りに宿を探すとしよう。もちろん、部屋は別々で」


「え……? それは、しかし……」


「当然ですとも! ねえ、お嬢様!」


 どこか残念そうな顔になるミリーシアであったが、不満の声に被せるようにレンカがグイグイと前に出てきて、仕方がなしに頷くのであった。


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