第20話 オークの群れ
「何だ、オークではないか」
森から出てきたオークの姿を目にして、レンカが自信満々な表情で剣を抜く。
「オークは『男爵級』のモンスター。決して弱くはないが、私だけでも倒せる程度の相手だ。盗賊にやられてしまった汚名返上……カイム殿、ここは私に任せてもらえないだろうか?」
「任せるのは構わないが……あの数の敵を倒せるのか?」
「へ……?」
カイムの問いにレンカが目を瞬かせるが……すぐにその言葉の意味を理解することになる。
街道の近くの森から出てきたオークであったが、最初の一匹を皮切りに次々と姿を見せたのである。
「「「「「グモオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」
「なあっ!? どうして、あんなに大勢のオークが!?」
森から出てきたオークはざっと見て三十匹ほど。とてもではないが、レンカ一人で相手にできる数ではなかった。
理性をどこかに飛ばしてしまったように目を爛々と光らせており、猪が突進するような勢いで三人がいる方向に押し寄せてきている。
「どうしてあんな数のオークが!? いったい、何があったのですか!?」
森から次々と出てくるモンスターの姿に、ミリーシアも驚きの叫びをあげた。跨っている馬が混乱して暴れ出すのを必死になって抑えている。
「うーん……どうして、どうしてか? あのオーク共、随分と興奮しているみたいだが……」
言いながら……カイムは意味ありげに二人の女性を盗み見た。
オークの有名な生態として、他種族の雌を攫ってきて性的に襲うことが知られている。
オークというモンスターは人間やエルフの女性を見つけると、捕らえて巣に持ち帰り、その女性が死ぬまで犯し続けるのだ。
雌がいないわけではない。他の種族と性交して子供が作れるわけでもない。それなのに、何故か必ずと言っていいほど女性を生け捕りにしたがるという謎の習性があるのだ。
(考えられる理由としては……この二人の匂いを嗅ぎつけて、襲うためにやってきたってところかな?)
金髪青眼の美貌の少女――ミリーシア。
赤髪の健康的な美女――レンカ。
タイプは異なるが二人とも類まれな美女と美少女である。魔物であっても理性を狂わされてしまってもおかしくはなかった。
おまけに、彼女達は半日前まで盗賊に媚薬を飲まされて強制的に発情させられていたのだ。水で洗って身体を清めているため人間の鼻ではとても嗅ぎ取れないが……外見通り獣並みの鼻であればさぞや『牝』の匂いがすることだろう。
「一難去ってまた一難か。良い女を連れている男ってのは気苦労が絶えないものなんだな。勉強になったよ」
「カイムさん!?」
「問題ない。君達は巻き込まれないように離れているといい」
驚くミリーシアに軽く手を振り、カイムが前に進み出た。
「そんな……! いくらカイムさんでも、あの数は無理です! 逃げましょう!」
「問題ないって言っただろ? というか、その怯え切った馬でどうやって逃げるんだよ」
ミリーシアが乗った馬は興奮して今にも暴れそうになっている。
下手に逃げようとすれば、背中のミリーシアを投げ出して自分だけ走り去ってしまうだろう。そもそも、一頭の馬では三人は乗ることができない。
「どうせ逃げる必要もない。ここでまとめて片付ければ済むだけだ!」
「ああっ! カイムさん!?」
ミリーシアの制止を無視して、カイムが駆け出した。
オークとの距離はまだ十分にある。今ならばミリーシアとレンカを巻き込むことなく戦うことができるだろう。
「たかが『男爵級』。サクッと片付けて先を進もうか?」
カイムは獰猛な獣の笑みを浮かべ、身体の周囲に圧縮した魔力を纏った。忌まわしき父から受け継いだ最強の武術――闘鬼神流の発動である。
紫毒魔法で毒を散布すれば一瞬だが……二人の同行者が見ている前で迂闊に毒は使えない。風で毒が流されても危険だし、武術で片付けることにしたのだ。
「まあ……毒なんて使わなくても余裕だけどな!」
「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!」
先頭のオークが腕を振りかぶり、丸太のような棍棒を叩きつけてくる。
二メートルの巨体。野太い腕から放たれる打撃は強力。全身鎧を身に着けた騎士でも直撃すれば致命傷になりかねない。
「フンッ!」
しかし、カイムは避けることすらしない。
正面から、叩きつけられる棍棒に向かって拳打を放った。
「ブギャアッ!?」
圧縮した魔力を込めた拳が棍棒を打ち砕き、そのままオークの胴体に着弾する。衝撃が背中まで突き抜けてオークの胴体に拳大の穴が穿たれた。
「さあ、ガンガン闘ろうか! 盗賊のアジトでは
「ゴアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ハハハッ! いいぞ、来やがれ!」
不敵に笑ったカイムに向かって、仲間を殺されたオークが殺到してくる。
個体で勝てないならば数で圧し潰すつもりなのか。棍棒や拳、拾った石を振りかぶって襲いかかってきた。
「なかなかの蛮勇! まさに猪突猛進だな!」
カイムは迫ってくるオークの頭部を蹴り、胴体を殴り、手足を叩き折り……次々と地面に沈めていく。
この状況でカイムにとって最も厄介なのは、オークがカイムを無視して後ろの女性二人を襲いに行ってしまうことである。
しかし、血に興奮したオークは眼前のカイムを打ち倒すことしか考えていないらしく、どんどんカイムに向かってきた。向かってくる敵を一体一体仕留めれば良いだけなのだ、カイムにとっては何よりも好都合な展開である。
(しかし……妙だな)
オークの数を確実に減らしながら、カイムは戦いの中で違和感を覚えていた。
てっきり、ミリーシアらの匂いにあてられたのだとばかり思っていたが……襲いかかってくるオークの目には女性を襲うことへの『情欲』の色はなかった。むしろ、目の前に差しかかった命の危機から逃れようとする『必死さ』がある。
オークの群れは死にたくないから、死なないようにカイムに飛びかかってきて殺されている。明らかに矛盾した状況である。
(俺を殺さなければ殺される……コイツらの目にはそんな悲しい勇猛さがある。何のためだ? 誰かに突撃するように命令でもされているのか?)
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「む……」
カイムの疑問はすぐに氷解した。
オークが現れた森の中から、新たな怪物が顔を出したのである。
通常のオークよりも二回りは大きく、贅肉ではなく筋肉の鎧と黒い体毛に覆われた巨躯。
真っ赤な瞳が高い位置からカイムを見下ろしてくる。その姿はオークと似て非なる怪物だった。
「ああ、なるほど。そういうことかよ!」
襲いかかってきた最後のオークの頭を蹴りつぶして、カイムは納得したように頷いた。
「ジェネラル・オーク! 上位種に命令されて俺を襲っていたのか!」
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
ジェネラル・オーク。
オークの突然変異によって生まれる異形の魔物。その階級はオークよりも二段上の『伯爵級』。
ベテランの上位ランク冒険者がパーティーを組み、決死の覚悟でようやく討伐できる強力な魔物がカイムめがけて襲いかかってきた。
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