第15話 二人の美女

「ん……わたしは……?」


「ここは、いったい……?」


 カイムの毒によって治療された二人の女性はほぼ同時に目を覚ました。

 半裸の身体に毛布をかけられて寝かされていた二人が身体を起こし、ぼんやりと辺りを見回した。


「ああ、気がついたようだな」


「「ッ……!」」


 カイムが声をかける。二人の女性が勢いよく顔を上げた。

 ちょうど鍾乳洞の外で盗賊の死体を始末して、戻ってきたところである。気絶させていた見張りにもトドメを刺してきた。

 二人の女性の瞳に紫髪紫目の青年――カイムの姿が映し出された。


「誰ですか、あなたは!?」


「貴様……賊の一味か!?」


「おいおい、落ち着けよ。俺は君らの敵じゃない」


 金髪女性を庇うように赤髪女性が前に出てくる。今にも殴りかかってきそうな剣幕に、カイムは両腕を挙げて敵意がないことをアピールした。


「君らを攫ってきた盗賊共は片付けた。外の森に埋めてきたところだが……確認したいのなら掘り起こそうか?」


「盗賊を……まさか、貴様一人で……?」


「『貴様』じゃない。俺はカイムという。一応は君達を助けた恩人なんだから名前を呼ぶくらいの敬意は示してもらいたいね」


 なおも警戒の目を向けてくる赤髪女性に、カイムは「ところで……」と言葉を続ける。


「君達はどこまで記憶があるかな? 盗賊に攫われて変な薬を飲まされていたようだけど……覚えているかい?」


「そうです……私達はおかしな液体を飲まされて……!」


 赤髪女性の後ろで、金髪女性が小さく肩を震わせる。

 記憶を掘り起こすように考え込んでいた金髪女性は、地面に座り込んだまま居住まいを正し、毛布で身体を包んで頭を下げた。


「……失礼いたしました。命を救っていただいた恩人とは知らずにご無礼を。賊に捕らわれた私達を救っていただき、心より感謝を申し上げます。申し遅れましたが……私の名前はミリーシアと申します」


「お嬢様! このようなどこの誰かもわからぬ男に頭を下げるなんて……」


「レンカ、貴女も礼を言いなさい。この方に私達は救われたのですよ? もしもこの御方が助けてくださらなかったら……どうなっていたかわかるでしょう?」


「……失礼した。ご助力、心より感謝する」


 どうやら、金髪女性――ミリーシアは赤髪の女性の雇い主にあたるようだ。二人の間の上下関係がハッキリとした。


(どうやら……俺が二人にしたことは覚えていないらしい。責任を取れとか言われても困るし、好都合だが)


 カイムが二人に気づかれないように安堵の息を吐く。

 ミリーシアは毛布を被ったまま自分の身体を確認し、盗賊から手遅れなこと・・・・・・をされていないことを確認するとホッと溜息をこぼす。


「どうやら……もしものことが起こるよりも先に助けていただいたようですね。本当に感謝が絶えませんわ。ところで、記憶があいまいで薬を飲まされてからのことは覚えていないのですが、本当にお一人で盗賊を倒されたのでしょうか? 相手は十人はいたはずですし、首領の男は私を守っていた護衛を倒すほどの使い手だったのですけど……」


「ああ、俺は一人だよ。死体は処理したが……そこに証拠が転がっている」


「あの魔剣は……間違いなく盗賊の首領が使っていたものです! お嬢様!」


 少し離れていた場所に転がっていた魔剣の残骸に反応を示したのは、赤髪女性――レンカと呼ばれた女だった。


「損傷は激しいですが……間違いなく、あの男が使っていた炎の魔剣です。それにしても、どうやったらこんなふうに破壊されるのだ? まるで炉で溶かしたようになっているが……」


「そんなことはどうでもいいだろう? それよりも、身体の調子が良くなったのなら、ここから出ないか? 長居をするような場所じゃない」


 カイムはさりげなく話題を逸らしながら、鍾乳洞の入口の方を親指で刺す。

 しかし、ミリーシアはもじもじと身体を震わせて言いづらそうに口を開いた。


「カイム様のおっしゃる通りなのですが……この格好で外を出歩くのは、ちょっと……」


「あー……それもそうだな。悪い、気が利かなかった」


 二人の女性は盗賊に服を破られており、半裸に近い姿に毛布を纏っただけの格好になっている。このまま外を歩くのは流石に恥ずかしいのだろう。


「女性物の服なんて持っていないが……そうだ、盗賊の所有物を確認していなかったな。ひょっとしたら、何か着る物があるかもしれないな」


 カイムは鍾乳洞の奥に目を向けた。

 盗賊が所有している物品や財産は討伐した戦利品として、討伐した人間の所有物として認められる。

 せっかくだし、目ぼしいものがあれば服意外にも貰っていくとしよう。


「俺は奥を見てくるが……君達も来るか?」


「…………」


 ミリーシアは無言で頷き、立ち上がった。

 ふらつく足取りの主人を見て、慌ててレンカが支えに入る。


「お嬢様、まだ立ち上がっては……」


「大丈夫です。盗賊の持ち物の中には、私を守るために戦って死んだ者達の遺品があるかもしれません。ちゃんと回収しなくては……」


「お嬢様……わかりました。このレンカがお供をいたします」


「……先に行ってるぞ。後からゆっくり来ると良い」


 仲睦まじい主従を置いて、カイムは鍾乳洞の奥へ先行する。

 二人の姿が見えなくなる位置まで進んで……「ハア」と溜息をこぼして肩をすくめた。


「『お嬢様』ね……随分と身分の高そうな女性じゃないか」


 ミリーシアと名乗った金髪女性は明らかに育ちの良い人物である。護衛を連れていることからもわかるが……おそらく、貴族なのだろう。

 護衛を連れて旅をしていた貴族の女性が盗賊に襲われる――これ自体は珍しい話ではない。ないのだが……問題は先ほどのミリーシアの『名乗り』である。


『申し遅れましたが……私の名前はミリーシアと申します』


 ミリーシアは先ほど、そんなふうに名乗っていた。

 一見して不自然なところはない自己紹介であったが……カイムはそこに違和感を覚えている。


(貴族の令嬢だったら、名前だけじゃなくて家の『姓』と『爵位』を名乗るべきだろう? どうして名前だけしか教えようとしないんだろうな?)


 平民であれば姓がないことなど珍しくもないが……ミリーシアは明らかな貴族令嬢である。姓や家について話そうとしないのは不自然だった。


(俺が仮にも貴族出身じゃなければ気づかなかったんだろうけど……姓を隠さなくちゃいけない理由でもあるのか? 身分を隠して旅をしている最中とか?)


 カイムの想像が正しいのだとすれば……あるいは、何やら厄介事に首を突っ込んでしまったのかもしれない。

 ちょっとした善行。気まぐれの人助けのつもりだったのだが……訳ありの二人と遭遇することになってしまった。


「……一時の感情で動くべきじゃなかったかな? まあ、役得はあったけどよ」


 カイムは先ほどの体験――二人の女性との口付けの感触を思い出して唇に手で触れる。

 不可抗力であったとはいえ…‥生まれて初めて異性とキスをした。舌を絡め合うディープな接吻を。


(性的な快楽というのを感じたのは初めてだ。貴重な体験をさせてもらったのだから、せめて町までは送って行ってやるか……)


 カイムは肩をすくめる。

 後ろから二人の女性が緩慢な足取りで歩いてくる気配を確認して、さっさと洞窟の奥に進んで行った。

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