第14話 媚毒


「うん、問題なし。このやり方だったらそこそこ・・・・闘えそうだ」


 盗賊団を壊滅させ、カイムは自信を込めて頷いた。


 カイムは二つの力を持っている。

 父親から盗み出した『闘鬼神流』の武術の技と、『毒の女王』と融合したことによって得た『紫毒魔法』である。

 だが……その二つの力を極めているかと聞かれると、首を横に振るしかない。


 闘鬼神流の習熟度は父親の足元にも及ばない。

 圧縮した魔力をまとう技術。基本的な技などは一通り修得している。

 しかし、『秘奥の型』と呼ばれる奥義については未習熟であり、闘鬼神流だけで競ったのであれば父親の影を踏むことすらできないだろう。

 カイムが『拳聖』と謳われた男に勝利することができたのは、あくまでも相手が毒に対して警戒をしていなかったから。そうでなければ、敗北していた可能性が高い。


 対して、紫毒魔法はどうかといえば……こちらも十分に極めているとはとても言えない。

 かつて、『毒の女王』は紫毒魔法を使って国を滅亡に追いやり、万単位の人間を死に至らしめた。

 十三年前の戦いでも王国北方を混乱の坩堝に追いやり、国の全人口の一割が失われたと聞いている。

 同じことをカイムにできるかと訊かれたら……不可能である。紫毒魔法を生まれ持ったオリジナルである『女王』とカイムでは、魔法の練度に雲泥の差があった。


(だが……二つの力を合わせれば、未熟で実戦経験の足りない俺でもそれなりに戦えそうだな。親父クラスに出てこられると厳しいかもしれないが、並の使い手に後れを取ることはあるまい)


 意図せず巻き込まれてしまった盗賊討伐であったが、この戦いを通じて自分の力を確認することができた。

 確かな成果を胸にカイムはグッと拳を握りしめる。


「ああっ、んああああっ……!」


「む……」


 ……と、そこでカイムはここに来た目的を思い出す。

 戦いに夢中になってしまい、壁に拘束されていた二人の女性を忘れていた。


「おっと……悪いな、大丈夫か?」


 カイムは拘束された女性二人に近寄るが……途端、二人が手足をもがいて暴れ出す。


「んあああああ、はあ、はあ、はあ……あはああああああっ!?」


「くっ……殺せえ、頼むから……ヒンッ! 殺してくれえっ!?」


「これは……想像以上にヤバいことになってないか?」


 二人の女性は必死になって手足を動かし、暴れ狂っていた。

 両手をバンザイの形で拘束されているため自由に動くことはできていないが、代わりに足を激しくバタつかせている。

 涙を流している二人の瞳に理性はなく、身体に襲いかかってくる快楽のせいで発狂寸前になっていることがわかった。


「アイツら……どんな毒を盛りやがった? 何を飲ませたらこんな有様になるんだよ」


 盗賊は媚薬を飲ませたようなことを話していたが……これはもう『薬』などと呼べるものではない。

 彼女達が飲ませられたのは『媚毒』。心身の快楽を越えた快楽を強制的に与え、狂い死にさせる悪魔の毒薬である。


「毒の治療薬は……ないよな、やっぱり」


 ファウストからもらったマジックバッグの中を確認するが、解毒剤の類は入っていなかった。

 当然だろう。カイムは『毒の王』。どんな毒も通用しない身体になっているのだ。わざわざ毒の治療薬を持たせる意味はない。


(解毒薬がないとなると魔法による治療だが……俺は治癒魔法は使えないから不可能だ。かといって、近くの町に連れていくま二人の心身が保つだろうか……)


「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」


「……無理だな。その前に発狂して死ぬ」


 カイムは首を振った。

 この場で治療できなければ、二人の哀れな被害者を救うことはできない。

 カイムがやるしかない。どんな方法を使ったとしても。


「……やったことのない出たとこ勝負のやり方だ。死んだとしても恨むなよ?」


 一つの手段を導き出し、カイムは体内の魔力を練って毒薬を生成する。

 カイムがやろうとしているのは……いわゆる『毒を以て毒を制す』という方法だった。

 二人の女性の身体を苛んでいる媚毒。それを中和して、打ち消す効力のある毒薬を飲ませる。

 かなりの荒療治。失敗したら死んでもおかしくない方法だが……カイムにできる手段はそれしかなかった。


「この種類の毒だったら……こんなものだな。よし、飲んでみろ」


 魂の奥にある『毒の女王』の知識を引っ張り出して毒を解析しつつ、カイムは掌にピンク色の毒薬を生み出した。

 まだ紫毒魔法を使いこなせていないカイムにとって、酷く繊細で難易度が高い方法だ。毒を作ることはできたが……成功率はせいぜい七割というところだろう。


 カイムは生み出した毒を金髪の女性の口にあてがって飲ませようとするが……身体を苛む快楽のあまり暴れているため、毒薬は口の端からこぼれ落ちてしまう。


「いやあああアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ああ、畜生! 仕方がないな……このことも恨むなよ。治療行為だからな!」


 カイムは舌打ちをして、再び毒を生成する。

 今度は掌ではなく、唾液を材料にして口の中に生み出した。


「…………よし」


 そして……わずかな躊躇いの後、口内に毒を溜めた状態で金髪女性の唇に自分の唇を合わせた。両手を頭部で固定して暴れないように抑えつける。


「ンンンンンンンッ……!?」


 金髪女性の方がビクンと跳ねるが……抵抗はしない。

 それどころか、待ってましたとばかりにあちらから舌を入れてくる。

 どうやら、媚毒に冒されたからだが無意識に快楽を受容したのだ。暴れないのは助かるが……カイムの方が大切なものを奪われた心境だった。


(うっわ……汚されたよ。好都合ではあるけれど……)


 カイムは生まれて初めてのディープキスに慄きつつ、舌を絡めて口に溜めた毒を流し込む。


「んぐっ……んんっ……!?」


 激しく舌を絡めてきた金髪女性であったが……徐々にその動きが緩慢になる。

 やがて暴れ狂っていた手足も大人しくなっていき、狂気的な快楽に爛々としていた瞳がトロンと落ち着いたものになっていく。


(問題は毒の量だが……これくらいでいいか?)


 金髪女性の様子を窺いながら毒の量を慎重に調整していたカイムは、やがて唇を離して女性を解放する。


「あ……」


 キスをやめた途端、金髪女性がパタリと倒れて気を失う。

 身体の状態を確認すると……呼吸が荒く脈拍は速くなっているものの、命に別状はなさそうである。


「……うん、成功した。初めてのくせにちゃんと出来るじゃないか」


 カイムは貪られたばかりの唇を上着の袖で拭きながら、大きく息を吐く。

 口調は冷静そうに聞こえるが……実際、その口ぶりほど落ち着いているわけではない。

 心臓はバクバクと激しく脈打っており、今にも爆発してしまいそうだ。


(あれが大人のチューってやつなのか……よく平気であんなことができるな。心臓が張り裂けて死ぬかと思ったぞ……)


 あんなふうに女性から求められたのは初めての経験だった。

 背筋に鳥肌が立ったり、頭の中がチカチカしたり……痛烈過ぎる刺激にひたすら翻弄されてしまう。

 だが……不思議と嫌な気持ちはない。それどころか、身体がフワフワと浮いているような心地良い気分である。


「アアアアアアアアアアアアアッ! 殺してくれえええええええっ!」


「……アレをもう一回やらなくちゃいけないのか。ヤバいな、中毒になりそうだ」


『毒の王』である自分が『中毒』だなんて、何の冗談だというのだろう。


 カイムは苦笑いをしつつ、赤髪の女性にも唇を落としたのである。

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