第13話 盗賊退治


「ふむ……賊はあちらに向かったようだな」


 森に足を踏み入れたカイムは、目を細めて生い茂った樹木を観察する。

 生まれた屋敷を追い出されて森の中で暮らしていただけあって、こういう場所は苦手ではない。

 上手く隠しているようだが……丈の低い木がところどころ踏みしめられ、獣道のようになっているのを発見した。


(人数はそれほど多くはなさそうだ。こっちの足跡が他のものよりも深くなっているのは、重い荷物を抱えていたからだろう。たとえば……攫われた女性とか)


 カイムは森の中に残された痕跡を辿って進んで行った。

 小動物や虫はいたが魔物や大型の動物は見当たらない。特に障害もなく馬車を襲った何者かを追跡することができた。


「お、ここだな」


 森の奥に進んでいくと、少し開けた場所に出た。

 岩山が壁のように立ちふさがっており、そこには洞窟らしき黒い穴が開いている。洞窟の入口には見張りらしき男が座っている。

 カイムは木の陰に身を隠して洞窟の方を窺った。


(さて……無事に追いつくことができたが、攫われた誰かというのは穴の中だよな?)


 どうしたものだろうかとカイムは思案する。

 盗賊の人数はわからないが……倒すだけならば問題ない。『拳聖』である父親以上の使い手でもいない限り、敗北することはまずあるまい。


(問題があるとすれば、攫われた誰かを人質に取られることか。盗賊を壊滅するだけなら、洞窟の中に毒ガスでも流し込めば済むんだが……)


 間違いなく、盗賊に攫われている人物も毒にやられてしまう。

 麻痺や睡眠作用のある毒物を使ってもいいのだが……カイムはまだ『毒の女王』から引き継いだ力に慣れてはおらず、相手を殺さない程度の毒を上手く生成できる自信がなかった。


(親父並みに身体が丈夫な奴だったら遠慮することはないんだがな……愚痴ってもしょうがないな)


「闘鬼神流の使い方はだいぶ掴んだ。今度は毒を使いこなせるように精進させてもらおうか!」


 カイムはバッと勢い良く木の陰から飛び出した。


「なっ……」


 洞窟の前にいた見張りが驚いて声を上げようとするが、それよりも先に指先から毒を放った。


「【飛毒】」


「ッ……!?」


 人差し指から弾丸のように放たれた紫色の毒が見張りの首に命中する。

 男は仲間を呼ぼうとしているのか口をパクパクと動かすが、声は一向に出てこない。首を掻きむしり、そのまま昏倒してしまう。


「うん、問題なし。手加減も上手いことできたな」


「…………」


 見張りの男は気を失っているが息はあり、死んではいないようだ。

 手加減の練習するために死なない程度に痺れる毒をイメージしたのだが……とりあえずは成功したらしい。


「とはいえ……これは死んでないってだけだな。あまり手加減できたとは言えないか?」


 男はピクピクと痙攣しており、毒が命中した首元は紫色に爛れている。

 死んではいないが……おそらく一生声を発することはできないだろう。ひょっとしたら、即死しなかっただけで時間差で死んでしまうかもしれない。


(強い毒を出すのは割と簡単なんだが……逆に相手を殺さないように、後遺症を残さないレベルの毒を生み出す方が難しいな。要練習か)


「ま……別にいいか。どうせ盗賊だしな」


 自分を納得させるように言い聞かせ、カイムは盗賊の住処である洞窟の中に入っていった。

 洞窟の奥に奥に進んでいくと、やがて入口から差し込む外の光が届かなくなってくる。カンテラや松明はマジックバッグに入っていたが、迂闊に火を使えば奥にいる盗賊に気づかれてしまうだろう。


「フンッ……」


 カイムが両目に魔力を集中させると、暗闇でも中を見渡すことができるようになった。闘鬼神流の応用技。これで問題なく進めるだろう。

 目を凝らして見回すと、どうやらここは鍾乳洞のようだった。頭上からは長い年月をかけて形成されたであろう細長い鍾乳石がぶら下がっている。


 ぬめった足元に注意して先に進んでいくと……やがて、開けた空間に出た。


「ヒャハハハハハハハハハハッ! 堪んねえなあ、おい!」


「…………!」


 その空間に出た途端、耳障りな哄笑が聞こえてきた。カイムは通路の壁に身体を寄せ、身を隠した状態で奥を窺う。

 そこには盗賊らしき男達が十人ほどいた。思ったよりも人数が多い。

 盗賊は手を叩いて大笑いしていたり、焼いた肉や酒を口に運んで貪っていたりする。


 そして……盗賊たちに囲まれ、二人の女性が拘束されていた。


 女性の一方は長い金髪を背中に流した女性。年齢は十代後半ほどで、質の良いドレスを身にまとっているのだが……ドレスは無残に破かれて胸元や脚が露出してしまっている。

 もう一方は赤髪をショートカットにした女性。年齢は金髪女性よりもやや上で二十代前半。こちらも服を無残に裂かれており、身体のあちこちを怪我していて血が滲んでいる。


 二人の女性は鍾乳洞の壁にもたれかかって座り込んでおり、鎖で両手を縛られて強制的にバンザイをさせられていた。


「う……あ……やあっ……」


「くっ……殺せ……」


 そして、二人の女性は肌を朱に染めて涙目になっていた。

 身体を小刻みにプルプルと震わせており、両脚を擦り合わせて何かを堪えるようにしている。明らかに異常な状態だった。


「最高だなあっ! こんな美女二人を好きにできるなんてよ!」


「殺す前にせいぜい楽しんでやるよ! ヒャハハハハハハハッ!」


「やめて……ください……いやあ……」


 女性を囲んで笑い転げている盗賊に、金髪女性が弱々しく訴える。

 瞳を涙でいっぱいにして懇願する女性であったが……そんな精一杯の訴えは男達の嗜虐心をくすぐる以上の効果はなかった。


「クヒヒヒヒヒッ! 薬が効いてきやがったみたいだなあ! じきに尻を振って抱いてくれって泣き叫ぶぜ!」


 年配の盗賊が二人の女性を指差し、ニタニタと醜悪な笑みを浮かべる。カイムは事情を察して鋭く目を細めた。


(様子がおかしいと思ったら……おかしな薬物を盛られているのか? 随分と趣味の悪いことをしやがる)


「どうせ最後には殺すんだが……それまでに百回は犯してやるから覚悟しろよ! さーて……そろそろ食べ頃かねえ?」


(……不愉快極まりない連中だな。遠慮はいらない、さっさと片付けるか)


 醜悪すぎる盗賊の言動は見るに堪えない。カイムはさっさとここにいる者達を始末してしまうことにした。


「お楽しみのところを失礼するよ。御覧の通りの侵入者だ」


「なっ……!」


「誰だ、テメエは!」


 通路から歩み出たカイム。捕らえた女を弄んでいた盗賊は、振り返って声を荒げた。

 不意打ちをしても良かったのだが、相手は人数も多くてすぐに気づかれるだろう。だったら、正面から飛び込んで暴れてやったほうが良い。


「見ての通りのゲストの登場だ。せいぜいもてなしてくれよな」


 カイムはおどけたように冗談めかした口調で答えるが……その瞳は少しも笑っていない。女性を縛りつけて薬を飲ませ、好き勝手にいたぶろうとしているクズ共に遠慮するつもりはなかった。

 容赦はしない。確実に殺す。


「侵入者だ! ぶち殺せ!」


「チッ……ギルドの冒険者か、テメエは!」


 十人の盗賊が立ち上がり、手に武器を持って襲いかかってきた。

 カイムは先頭に立って攻撃してきた盗賊の顔面を掴み、紫毒魔法を発動せる。


「【毒爪蛇手スネークハンド】」


「ギイイイイイイイイイイイィッ!?」


「な、何だあっ!?」


 顔面を掴まれた盗賊が絶叫した。バッタリと倒れた仲間を見て、他の盗賊が声を裏返らせる。

 仰向けに倒れた盗賊の顔は強酸をぶっかけられたかのように焼けただれており、原形を失っていた。


「正直……手加減をする練習がてら、全員を生け捕りにしようと思ってたんだ。出来るだけ殺さないように、生かしたままどうにかしようと思っていた。だけど……こんな畜生にも劣る下種の極みを見せつけられて殺意を我慢できるほど、『俺』は優しい性格じゃないんだよ」


「ヒッ……!?」


「な、何だテメエは……」


「いったい何をしたんだ? どんな方法を使ったらこんな死に方を……」


「荒ぶる毒竜の怒りを受けろ……死ね」


 怯んだ盗賊に向かって、カイムは大きく踏み込んだ。

 盗賊が慌てて武器を振る上げるが……それよりも先に右手を振るう。


「フッ!」


「ガアッ!?」


「ギャアッ!?」


 毒をまとった手が盗賊の身体を撫でていく。

 その手つきはいっそ優しさすら感じさせられる軽いタッチだったが……触れられた盗賊が地面に倒れて悶絶し始める。


「グ……ギャアアアアアアアアアアッ!?」


「む、胸が……ギイイイイイイイイイイイイッ!?」


 紫毒魔法――【毒爪蛇手スネークハンド】は相手の身体に直接触れて、強力な毒物を体内に流し込む技である。

 射程距離は短いものの、その威力は絶大。さらに周囲にいる無関係な人間――この場合で言うところの、捕まった女性二人を巻き込むことなく盗賊を始末であるのだ。


「毒蛇の牙。あるいは死神の腕と言ったところか? この腕に触れられて生きながらえることができる人間は存在しない。想像を絶する苦しみの中で、それまでの行いを懺悔することだな」


「ギャアアアアアアアアアアッ!?」


「た、助けて……ぐわああああああああああっ!」


 盗賊に一人ひとり毒を打ち込みながら、カイムは鍾乳洞の内部を駆け回る。

 もちろん、武器を振るって抵抗する者もいたが……その攻撃は拙いもの。『拳聖』に勝利したカイムにとっては、止まって見えるような攻撃だった。

 盗賊団が壊滅させられるのに一分はかからない。残っているのは、首領らしき大柄な男だけになっていた。


「ガキが……よくも俺様の部下をやってくれたな!」


「意外だな。お前のような鬼畜にも仲間意識はあるのか?」


「口の減らねえ……せっかくのお楽しみが台無しじゃねえか!」


 男が大剣を構えて、切っ先をカイムに向けてきた。

 鍾乳洞内に開けた空間は十分に広い。大剣を振り回せるだけのスペースがある。


「俺達が『紅鬼団』であると知っての行いかあ!? 生きて帰れると思うなよ!」


「もちろんだ。生かして返すつもりはない。女を甚振って遊ぶようなクズはここで殺すよ」


「ハッ! そういう正義漢を振りかざした小僧が一番嫌いなんだよ! 見ているだけでハラワタが煮えくり返る!」


 男が大剣を振りかぶって飛びかかってきた。

 さすがは親玉だけあって、その動きは機敏そのもの。ただの盗賊とは思えないほどに洗練された動きである。


(特殊な訓練を受けているのかもしれないな……ただの盗賊かと思いきや、傭兵崩れか元・冒険者というところだろうか?)


「死にやがれえええええええええええっ!」


「まあ……どちらにしても問題はないがな」


「ッ……!」


 上段から振り下ろされた一撃必殺の攻撃であったが……カイムはそれを掌で受け止めた。

 ガッチリと固定された大剣に、盗賊の首領が大きく目を見開く。


「テメエ……どうやって……!?」


「この程度のことは造作もない。鈍いんだよ、お前の攻撃は」


「クソッ、この俺が負けるなんて………………あるわけねえんだよ、バーカ!」


「む……!?」


 次の瞬間、大剣から真っ赤な炎が溢れ出した。

 剣を掴んでいるカイムの手が焼かれ、身体を炎が包み込んでいく。


「魔剣『火焔蜥蜴』! このクソガキを骨になるまで焼き尽くせ!」


 どうやら、首領が手にしていたのはただの剣ではなく、特殊な効果が付与された魔剣であったらしい。

 マジックアイテムと呼ばれる武器を手にすれば、魔法を使うことができない人間でも魔法の力を行使して戦うことができる。

 それが訓練された人間であれば、強力な魔法使いやモンスターだって容易く凌駕するのである。


「ヒャハハハハハハハッ! 死ね死ね死ね死ねええええええっ! 俺様の勝ちだあああああアアアアアアッ!」


「まったく……本当に品性のないヤツだな」


「アアアアアアッ…………はあっ!?」


 とはいえ……真の強者の前では、マジックアイテムであろうと普通の剣であろうとさほど変わらない。

 炎の魔剣だけでは、両者の間にある断崖絶壁のごとく力の差を埋めるには至らなかった。


「な、何故だ!? どうして燃えない、どうして平気なんだあっ!?」


「この程度の炎……圧縮した魔力で覆われた俺の肉体には無力だ」


 剣を受け止めた状態のまま炎に焼かれるカイムであったが、その肉体は闘鬼神流による圧縮魔力を装甲のようにまとっていた。

 斬撃はもちろん、炎だって身体には届かない。カイムの肌に発赤すらも生じさせることはできなかった。


「溶かせ――【毒爪蛇手】」


「なあっ!?」


 掌から強酸性の毒を放出し、そのまま炎の大剣を握りつぶす。

 高温で焼かれてなお威力を衰えさせることのない強力な毒液によって、金属製の大剣は成すすべなく溶解した。


「なるほどな。今回はさほどでもなかったが……格下の相手であっても、特殊な武器やアイテムを使われたら手傷くらいは負うかもしれない。いい勉強になったよ。感謝する」


「ッ……!」


「これは礼だ。釣りはいらないからとくと味わえ!」


 カイムは左手の指を鉤爪のように曲げて『虎爪』を作り、そこに毒を纏わせた。


 闘鬼神流ではない。紫毒魔法でもない。

 両者の力を併せ持っているカイムだけが使うことができるオリジナル技。


「【窮奇凶毒】!」


 圧縮した魔力によって生み出された爪。そこに強烈な毒が込められ、盗賊の首領を斬り裂いた。


「ッ……!」


 首領は一言の声も発することを許されずに肉体を裂かれ……そのまま、強力な毒によって溶かされ、一瞬で骨になったのである。


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