第12話 寄り道
生まれ故郷を後にしたカイムは、そのまま街道を東に向かっていった。
ジェイド王国の東側にある大国――ガーネット帝国を目指すためである。
ファウストの忠告を真に受けたわけではないが……カイムの目的は新しい故郷と家族を見つけること。別に誰かと争いをしたいわけではない。
教会とやらとのトラブルを避けるため、教会の影響力が少ない場所に向かうことに異論はなかった。
(男の一人旅ね……まあ、悪くはないか)
街道をのらりくらりと歩きながら、カイムは晴れ渡った空を見上げる。
青い空にゆっくりと雲が流れていく。それは珍しくもない見慣れた光景だったが……不思議と心が軽くなるのを感じた。
(こんなに穏やかな気持ちで空を見上げたことなんて、ひょっとしたら一度もないかもしれないな……随分と人生を無駄にしてきた気がする)
内面が変われば、瞳に映される風景だって変わるもの。
以前のカイムであれば空を見上げても何も思わなかったのだが……今は青空の美しさを楽しむだけの心の余裕ができていた。
「……ティーに別れの挨拶ができなかった。もう会うこともないのかもしれないな」
青空を見上げながら、ふと頭に浮かんだことを口に出す。
獣人メイドのティーはハルスベルク伯爵家において、数少ない味方だった人物である。
当主である父親をぶちのめした後で、屋敷に会いに行っても迷惑になるだけだろうと会わずにきたのだが……やはり、一言くらい別れを言ってくるべきだったかもしれない。
(世話になっておいて顔も合わせずに出てきたのは、いくら何でも薄情か? さすがに追いかけてくることはないだろうが……顔を合わせたら説教されそうだな)
説教どころか、爪で引っ掻いてくるかもしれない。
カイムは苦笑しながら街道を歩いていくが……ふと進行方向上に奇妙なものを発見した。
「ん……? これは……馬車の残骸か?」
街道上に横倒しになって倒れた馬車の残骸が転がっていた。
近づいてみると、馬車の周囲には数人の男達が死体となって転がっており、真っ赤な血が道を汚している。
倒れた男達は刃物で斬り裂かれていた。モンスターではなく、盗賊にでも襲われてしまったのだろう。
「まだ血が渇いていない。襲われてからそう時間は経っていないな。もっと早く気づいていれば助けられたかもしれないが……それを言っても仕方がないか」
カイムは肩をすくめて、街道を先に進もうとする。
死体を片付けたり、弔ったりまではしない。同情はするが……死人のために力と時間を割くつもりはない。
しかし、ふと足元に違和感を覚えたカイムは足を止めることになる。
「……離してもらえないか?」
「う……ぐ……」
カイムの足を掴んでいたのは、血を流して倒れていた男の一人である。
てっきり死んでいるのだとばかり思っていたが……どうやら、生き残りがいたらしい。
「悪いけど、俺に貴方を助ける手段はない。何もしてあげられなくて申し訳ないけどな」
ファウストからもらったマジックバッグにはポーションなども入っていたが、地面に倒れている男の怪我は明らかに手遅れ。薬を飲ませたとしても、苦しむ時間を長引かせることしかできないだろう。
カイムは「悪いな」ともう一度謝罪して、靴を掴んだ男の手を振り払おうとする。
「……さま、が」
「ん?」
「つれさら、れた……どう、か……たすけてあげて、くれ……」
かすれた声で言いながら……男はカイムを掴んだ反対の手で、街道から外れた場所にある森を指差している。
そして、まるで役割を終えたとばかりに力なく手を落とし、今度こそ絶命してしまった。
「おいおい……勘弁してくれよ。通りすがりの他人に嫌な遺言を残しやがって」
血塗れの男の身体を見下ろして、カイムは呆れ返って首を振る。
男の言葉は断片的で大部分が聞き取れなかったが……まとめると、『誰かが連れ去られたから助けて欲しい。あの森に去っていった』とのことだ。
カイムに人助けの趣味はない。
善行は美徳だと思うが……見知らぬ他人を救うために積極的に手間暇を費やすほど、今のカイムはお人好しではなかった。
「とはいえ……このまま立ち去るのも寝覚めが悪いな。余計なことを言い捨てて死んでいくとか、迷惑なことだ」
聞かなかったことにするのは簡単だが、心に後味の悪い
カイムは決してお人好しではない。死人のために動こうとは思わない。
だが……生きている人間、助かる人間を平然と見捨てることができるほど薄情でもないのだ。
「仕方がない……生まれて初めての旅だ。せいぜい寄り道を楽しませてもらうとしようか」
盗賊を討伐すると、彼らの持ち物や財産は倒した人間が取得できると聞いたことがある。
無駄足になることもないだろうと自分に言い聞かせて、カイムは男が指差していた森に向かうのであった。
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