第2話 呪い子
いったい、自分がどうしてこんな目に遭っているのだろう?
それは幾度となく考え、悩み、嘆き悲しみ……結局、答えが出ることのなかった命題である。
「あ、また『呪い子』が出たぞ!」
「こっちに来るな! 呪いが
「うっ……」
子供達が投げてきた石が頭に当たり、その少年――カイム・ハルスベルクは痛みに表情を歪めた。
カイムは十三歳の少年である。
銀色の髪、赤い瞳。目鼻立ちは秀麗に整っており、数年もすれば多くの女性が放っておかないであろう美男子になることが予想されるものだった。
だが……そんなカイムの顔や手足には紫色のアザがあちこちに刻まれており、整った容貌を台無しにしてしまっている。
色白の手足を無残に覆っているのは呪いの痕跡。カイムが生まれた時から刻まれており、『呪い子』として虐げられる運命を背負わせた元凶だった。
「…………」
「逃げろー、呪いを感染されるぞ!」
「バケモノ―! さっさと村から出ていけー!」
カイムが石を投げてきた少年達のほうを見ると……少年らはゲラゲラと笑いながら走っていってしまった。
「痛ッ……」
手を当てると額にコブができているのがわかった。出血はしていないようだが、ジンジンと鈍い痛みがカイムのことを襲ってくる。
カイムはハルスベルク領の片隅にある小さな村に独りで暮らしていた。
暮らしている……とは言ったものの、カイムが生活しているのは村から少し離れた森の中にある丸太小屋。
時々、食料品などを買うために訪れる以外、村との交流は一切なかった。
「また来た……」
「ああ、例の子供だ……」
「『呪い子』……」
「『毒の女王』の……」
「…………」
村の大人は子供達のように石を投げてくることこそなかったが、すれ違うたびにカイムを見てヒソヒソと噂話をしている。
これもいつものこと。自分が村から受け入れられていないことを再確認して、カイムはギュッと唇を噛んで足を速める。
行きつけの露店にやってくると、店主の男がギョロリと睨みつけてきた。
「……また来たのかよ。しょうがねえな」
「あの……食べるものを……」
「ああ、持ってけ持ってけ。そいつを持って、さっさと消えてくれ!」
店主が麻袋を投げつけてきた。
地面に落ちた麻袋からパンや果物、チーズなどが転がり出て泥まみれになる。
「お代はいつものように領主様にもらうから、早く帰ってくれ! お前がいると他の客が逃げちまう!」
「ッ……!」
「何だあ、まさか睨んできてるんじゃねえだろうな? こっちが食料を恵んでやってるってのに、『呪い子』の分際で逆恨みとかしてんじゃねえぞ!」
「クッ……」
店主に恫喝されて、カイムが地面に落ちた食料を麻袋に入れ直す。
たとえ泥まみれになったとしても、売れ残りで腐臭がしたとしても……カイムにとっては貴重な栄養源である。食べなくては生きていけない。
カイムは屈辱を必死に堪えながらも食料を拾い集め、足早にその場から立ち去った。
その後もすれ違う村人に中傷されながら、あるいは石やゴミを投げられて直接的に被害を受けながら……カイムは村から出て住処の森につながる道を歩いていく。
身体のあちこちに痛みを感じながら歩くカイムの脳裏に浮かぶのは……いつもの疑問である。
(どうして……どうして、僕ばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう……)
カイムは一年前に生まれた屋敷を放り出され、森にある小さな小屋で生活するようになっていた。
最初の頃は、元々、そこに住んでいた老人の世話になっていたが……半年前に老人が病で亡くなってからは独りで暮らしている。
以来、村に出て食料品を調達するだけでも悪意をぶつけられ、何も悪いことなどしていないのに悪意に満ちた声を浴びせられる日々が続いていた。
「どうして、僕が『呪い子』に生まれたんだろう。僕が何をしたって言うんだろう……」
口に出して呟いてみても、何も変わらない。
カイムは生まれた時からずっと『呪い子』であり、そして、これからもそうであり続けるのだろう。
たった独りきりで、誰にも顧みられることなく生きていかなくてはいけないのだ。
「ゴホッゴホッ……!」
鬱々と悩んでいると、突発的な胸の痛みに襲われてしまった。
抱えていた食料の袋を地面に落として、口元を手で押さえて何度も繰り返し咳をすると……そこにはドロリとした血液が付着していた。
カイムの掌についた血液が地面に落ちると、「ジュワッ」と焼け焦げたような音を鳴らして水蒸気が上がる。足元を見てみれば、地面に落ちていた小石が酸で溶かされたように溶解していた。
「毒の呪いか……」
カイムの身体は生まれた頃から『毒の呪い』に侵されており、時々、こうして血を吐いてしまうことがあった。
毒に汚染された血液は猛毒であり、こうして浴びただけでも石を溶かすほどの毒性を有している。
(そのせいで生まれ育った家だって追い出された。母さんが亡くなってすぐに……)
今でこそ村はずれの小屋で生活しているカイムであったが……実のところ、近隣を修めている領主の息子である。
昨年までは領主の屋敷で暮らしていたのだが、母親が亡くなり、喪が明けると同時に家から追い出されてしまったのだ。
(母さんが生きていた頃には、誰かに石を投げられるなんてことはなかったのにな……)
生まれた時から呪われていたカイムをまともに愛してくれた母親。彼女の顔を思い出すと、毒とは違う意味で胸に痛みが走る。
父親も、双子の妹だって近づこうとしなかったカイムに、母親だけは笑顔を向けてくれたのだ。
(そう言えば……母さんは時々、言っていたな。「ごめんなさい」って。あれは何を謝っていたんだろう)
母は生前、カイムに懺悔をするように謝罪の言葉を繰り返していた。
謝らなくてはいけないのは、ちゃんとした子供に生まれることができなかった自分のほうだというのに……母はいったい、何を謝っていたのだろう?
「ん……?」
「グルルルル……」
ふと顔を上げると、数メートルほど離れた木の陰に数匹の狼が牙を剥いていた。
「やれやれ……またか」
「キャインッ!?」
今にもこちらに襲いかかろうと獰猛な目を向けている狼であったが……カイムが血の付いた掌をかざすと、驚いたように跳びはねて森の奥に走っていってしまう。
カイムの毒の血液は臭いだけで獣や弱い魔物を追い払う力があった。この近辺は少し前まで狼の被害が頻発していたそうだが、カイムが暮らすようになってすっかり鳴りを潜めている。
「『呪い子』だって獣避けくらいの役には立っているんだ。もう少し、大切にしてもらいたいよね」
カイムは自嘲気味につぶやいて、地面に落とした食料品を拾い集めた。
またしても土や泥が付着してしまったそれらはとても食えたものではなかったが……カイムは気にしない。
(どうせ、僕の身体の中は泥なんかよりもずっと汚れているんだ。毒の呪いで満たされた身体のくせに、今さら何を気にするっていうんだ)
カイムは肩を落としながら、緩慢な足取りで家路をたどっていく。
自分の人生は、ずっとこんな悪意と侮蔑にさらされた日々が続くのだろうか――そんな漠然とした不安を胸に抱えながら。
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