可笑しな夜咄屋さん

門矢稜星

不思議なお店屋さん

 俺は冴えないサラリーマン。地方生まれの地方育ち。学がねぇから上京もせず、地元北海道で、のびのびと暮らしている。今日も会社の同僚と札幌・すすきので飲み明かして深夜。仲間と別れ、ひとりになってから見事に終電を逃す。こんな自嘲しちまう生活に舌打ちをしながら、俺は夜の街を踊り足で縫って歩いた。


「……吹いてきたな」


つくづく今日はついていない日だ。12月の札幌はそれだけでも寒いってのに、徐々に吹雪になり始める。柔らかい雪でも、弾丸のようなスピードで頬にぶつかると普通に痛い。俺は奥歯を噛み締めて、震える体をなんとか前に前に進めていた。


 しばらく歩いているうちに、ここがどこだかもわからなくなった。ふざけるな。札幌は俺が育った街。庭だ。が、吹き荒れる雪で白くなった世界では、どこを歩いているのかすら怪しくなってくる。とりあえず、この風を何とかしないとまずい。このままでは凍え死ぬ。俺は、高いビルに囲まれた路地裏へ逃げると、身を休められるような店を探した。そして、ひとつの看板を見つける。


『満喫・夜咄』


その看板には営業時間も、何屋であるのかも書いていなかった。ただ、店名だけが怪しく光っている。光っているんだから、営業中なんだろう。この夜がふけるまではここにお邪魔になることにするか。俺は店の戸を叩いた。扉を開くと、喫茶店のような店内だった。カウンターがあって、その前に丸イスが並んでいる。足を踏み入れると、新聞を読んでいた店長の顔が上がり目が合う。


「いらっしゃい」


俺と同年代くらいか。30代半ばくらいの見た目をした、優しそうな男性は俺を見てニコッとした笑顔と共にそう言った。


「すまない、外が吹いてきてな。朝方までここに置いてくれないか」

「構いませんよ」


その店長の言葉に甘えて俺はイスに腰を下ろした。


「ここは何屋だ? 店長のお勧めをひとつ貰おうか」

「いえ、この店には商品はございません」

「……え? だが、ここは店なんだろう? 何かないのか?」

「ええ。ここにはお客さまにお渡しする物も、施せるサービスも御座いません」

「なら、どうしてこの店は成り立っているんだ?」


一丁前なカウンターがありながら、お冷のひとつも出てこない。こんな店、どんな方法で儲けているのか不思議で仕方ない。


「そんなつまらない話をしても無意味です。もっと面白いお話をしましょう。なんたって、北国の冬の夜は長いですからね」

「はあ……?」


店長は俺の目を静かに見つめるとおもむろに語り出した。俺が経験した不思議な夜の出来事。延々と続く店長の話の、その第一話目はこんな風に突然語られ始めたんだ。

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