芸術は自らの先駆者を作る

◆ご挨拶

こんにちわ、だいなしキツネです。

今回は『だいなしキツネ』本編における「本当の孤独? ガルシア=マルケス『百年の孤独』」の裏話をしていくよ。


◆芸術は自らの先駆者を作る

だいなしキツネがラテンアメリカ文学に興味を持ったのは、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』を読んだことが切っかけだよ。それ以来、キツネはボルヘスとともに生き、ボルヘスとともに読んでいるといっても過言ではない。

そのボルヘスを「現実の政治世界から目を背ける逃避的な作家だ」と揶揄していたのがガルシア=マルケスだ。だからキツネはガルシア=マルケスを少し警戒しながら読み進めたよ。彼のいくつかの作品、とりわけジャーナリスティックな作品(『大佐に手紙は来ない』『悪い時』)は、キツネには逆説的ながらも逃避的な作品に思えた。現実に対する臆断が含まれているように感じられたからだ。マルケスの政治性に関する問題はパニチェリ他『絆と権力』に詳しい。ざっくり言うと、彼のスタンスには暴力を批判しながらも特定の政治権力にすり寄るという矛盾がある。

しかしながら、それがガルシア=マルケスの真価を示すものではないことは、『百年の孤独』や『族長の秋』を読めば明らかだった。ここにはマルケス以前には存在しなかった文学のかたちがある。マルケスに影響を与えた作家はたくさんいる。けれど、マルケスが『百年の孤独』を書かない限りは、彼らがその先駆者として認識されることもなかっただろう。〈ラテンアメリカ文学の潮流〉はマルケス以前から始まっていたが、マルケスの登場によってようやくその展望が与えられたんだ。

そうして見出された先駆者の一人は、皮肉にもホルヘ・ルイス・ボルヘスだ。だいなしキツネ『百年の孤独』解説において引用した、この作品の冒頭と結末。この文体を彫琢するために不可欠の役割を果たしたのはボルヘスだった。これはガルシア=マルケス自身が認めている。


「私はかつても今もボルヘスをよく読みますが、まったく好きな作家ではありません。ボルヘスを読むのは、彼が傑出した言語能力を備えているからです。ボルヘスとは、書き方を教えてくれる作家、つまり、自分の言いたいことをどう伝えればいいのかを教えてくれる作家です。」(『疎外と叛逆』)


両者を比較すると、確かに文体の似通った箇所がある。けれど、内容は似ていない。それを強烈に印象づけたのは、やはり『百年の孤独』の結末だろう。

ボルヘスは円環や永遠のモチーフを重視していた。これに対して、マルケスは円環を突破し、永遠を捨て去った。

この〈孤独〉の意味をどれだけ深く受けとめられるのか、読者は試されているといえるだろう。


◆キツネによる反論

ちなみに、このマルケスの見解は、キツネのエッセイ「生のデザイン」の考え方とは鋭く対立する。

キツネはマルケスの〈孤独〉には反対の立場を取るよ。キツネは人間の本質が孤独であるとは考えていない。むしろ、本質的に〈円環〉を抱え込む存在であり、究極的には孤独になれない存在ではないか。人間は生まれる前から既に他者(人体-世界)の内部にあって、生まれた後は他者(言語-社会)を内部に抱え込む。独りになりたくてもそうはなれない。他者とのコミュニケーションを引き受けざるを得ない。その〈コミュニケーションの引き受け〉とどれだけ真摯に向き合えるかが人間には問われている。

『百年の孤独』にある挿話の大半は、その引き受けの不全によってもたらされる。マルケスはそのことに気づいていただろうか。彼はこれをラテンアメリカの現実だと考えることによって、不当な現状を追認することになってはいなかったか。この思想的欠陥こそがマルケスの政治的矛盾の原因だったのではないか。


こうした反駁をしたからといって、『百年の孤独』の価値は些かも貶められないよ。この作品がなければ、人間存在と孤独に関するキツネの考察は深まらなかったのだから。キツネの上記の見解は『百年の孤独』が設えた舞台の上で踊ることによって生まれるんだ。こうした戯れを導いてくれるのが文学なんだね。


念のため付言すると、キツネはこの世に孤独が存在しないとは考えていない。ただ、人間が本当に独りきりだったら、孤独を感じることもないだろうと思うだけだ。孤独の感覚は、他者との摩擦の中で浮き彫りになり、だからこそ辛く厳しいものになる。


〈コミュニケーション〉が持つ現代的な意義については、ユルゲン・ハーバーマス『コミュニケーション的行為の理論』を解説する際に取り上げるから、楽しみにしていてね。

それでは今日のお喋りはここまで。

また会いに来てね!

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