Causò-24:繋合ゆえ(あるいは、アルザーシィ/眼差しは天高くピラストロ)

 降り立ったのは、頑強極まる石造りの砦、の内壁がぐるりを囲む内庭? それにしては随分広い。その中央辺りにぽつりと見えた人影が、私を招いているようだったから。罠とかその類いの懸念はあったけれどこの局面、もうそんな程度の事に逡巡している暇も無いわけで。


「やあ、キミが『何とか士』のミルセラ君かぁ。『飛行』して来るとはいやぁ、本当に色氣というものはまだまだ底が深いねぇ」


 その上空から両膝を眼下に向けての着陸態勢。結構ぶっつけ本番だったけれど、風もそれほど無かったしで何とかここまでの飛行を成し遂げた。でも、それはそれ。ここからが本番だ。「翼」に充てていた両脚の部位を背中から脱落させ、足首を伸ばした形のまま、撞き固められただけの地面に挿すように落としていく。接合部を上部に見せたそこへと、両膝をかましていく。よし。


 彼我距離わずかに十メトラァくらい? 細身の女性と思しき佇まい。身に着けているのは身体にぴったりとした詰襟の軍服のような真っ赤な装束。亜麻色の髪は風を受けて静かに揺れている。この人が「セファドール」と名乗っていた、首謀、なのだろう。見た目からはそれほどの手練れ感は受け取れないけれど。それよりもその傍らに仰向けに倒れて挙動を見せていないジセレカの容態が気になる。「生かしておいている」云々言ってたけど、大丈夫かな……


「あなたのあの使い方は間違っている気がします」


 とりあえずは相手の出方、手の内とかを見ておきたい。元より会話が成立しそうな相手じゃあ無いってことは薄々分かっているけど、それでも。果たして相対する女性の瞳はすうっと細められて。囲む壁に設えられた白色の照明がその端正な顔をさらに冷たく彩るような気がして。


「まあまぁ、価値観の相違は今更だよ。そして自分の思うがままに、ってのがこのボクの信条なんだからこれはもうあれだ、『仕様が無い』」


 何かを歌うかのように奏でられる声は「通信」で聞いてた時よりも澄み渡っているように感じられても。紡ぎ出されてくる言葉は思ったより穏やかでも。


「……じゃあこの場で行われることも仕様が無いってことですね」


 はっきりの狂気。それは私の背骨からうなじをじわりとにじり上がるようにして感じられている。それにしても周囲に他の衛兵とかの気配が無い。このだだっ広い正方形の「場」に、うまく誘い込まれたのだとしても、それだったら多勢に無勢の攻勢があったりするのでは。静かだ。不気味に静か。そしてこの目の前の人からは色氣の諸々があまり感じ取れてこない。「孔の増設」、それが為せると聞いた。兄もそうだけど自分では色氣の顕現が出来ない、その可能性は高い。でもそれなら何故、単身でわざわざ姿を現したのだろう。


 まさか。


「そうそう、仕様が無い、仕様が無い。キミたち『一家』が殺戮し合うってのもそう、『仕様が無い』」


 いつの間にか、倒れていたジセレカの姿が消えていた。色氣の視界は発動させたままだったけれど、それがまずかった?


「……ッ!!」


 咄嗟に構えた左腕に、揺らす衝撃。振り抜かれる前に膝部で発動させた色氣の破裂によって着弾点はわずかにずらすことが出来た。と思いたい。でも重い蹴り。こんな打点の高い奴、ジセレカ持ってたの? とか、そんな軽い言葉を掛けたかったのは、左斜め前に瞬で迫って来ていた虚ろな表情に少し気圧されたところもあって。そしていつもの深緑色の「両耳当て」は外されていて、その両耳の下辺りから赤黒い「煙」のようなものを立ち昇らせていて。


 「増設」……ッ!! その上で「操って」いる?


「キミに出来るかな? 身内をその手で始末すること?」


 亜麻色の奴……ッ!! そうやって、あの六人も操って来ていたわけ。ありがち、ありがちだけど、いちばんむかつく奴……ッ!!


「必要ないからッ!!」


 チラーヂンさんとの戦闘、さらに先程までの全力の飛行によって、私の色氣力の低下は著しい。でもここ一番、やる他は無いわけで。両脚を覆っていた「鱗」状の部片を全部、左腕へと移行させる。纏わせ付ける、より太く、強大になるように。ジセレカは取り敢えずぶちなめして気絶させる、それが最善ッ!! ごめんねって、先に言っとくッ!!


 正に棒状になった左脚をまず踏み込み、間合いを詰める。ジセレカの体裁きは、いつもの掴みどころの無さをさらに上回るかのぬるぬるさ。操られ度合いってのがどれほどかは測れないけれど、「自身の特性を残したまま」でのさらにの操りだとしたら、流石の私でも分は悪い。では?


「破ッ!!」


 あまり発したことは無かったけれど、裂帛を一発、肚底から放つと、巨大なる左腕を振りかぶる。当然、囮の一撃、ということは読み取られているんだろう。そしてまともにやったところで裏をかけたところでおいそれと喰らってくれるわけは無いってのも分かってる。でもこの一撃は振り抜く。振り抜いて……それからだッ!!


 渾身の力を込めた一撃はジセレカの体を大きく外れ、空を切る。そしてそのまま自重で均された地面へと軌道を変えていく。その挙動は自然に見えたかな? なら、


 ……私の勝ちだ。


 色氣力のほとんどを込めた巨大左拳が、土の面にめり込むと共に、細かな粒が周囲一面に噴出して覆う。土砂に混ぜ込んだ色氣が細かく弾けて、粗めの土煙と化して視界を奪う。と同時に、地面を撃った勢いで、私は身体を上空へと高々と跳ね上げている。その瞬間に左腕を覆わせていた「鱗」の全ても宙に舞わせる。眼下半径十五mくらい? 射程距離に亜麻色も入った。


「『天赤Ⅱ式てんせきにしき相射弊大アイベータ』っ……!!」


 これが私の今の最大。もうこれくらいしか放てないけれど。「色氣視界」と「実視界」、その狭間を突けたのなら。次の瞬間、私の右手指から放たれた細い紅色の「光線」たちは、中空を舞い踊る金属片や土砂粒に吸い込まれながら乱反射する。この滅茶苦茶な軌道……読めないよね、私にも読めないんだからっ。


 跳ね散る光が、縦横無尽にその「範囲内」にいる者を貫き抉っていく……と思った、その、


 刹那、だった……


「……身内と同じ術者がいると分かっていながら、何故それを想定しておかないのかねぇ」


 亜麻色の声が、地の底からぼんやりと響いてきたかと思った時には、光線も金属片も何も、何から何までも、地表でぼんやりと佇んでいた人影の元に全て集まるかのように吸い込まれていって。さらには、


「!!」


 すぐ近くまで、ジセレカが、いやジセレカの体躯が接近していて。躊躇も何も無く、ただただそこに手刀を通しますよくらいの自然に力み無い所作だったものの、鋭くそれは私の胸を貫き通していたわけで。そしてそのまま組み付かれてきて。


「特大の『孔』が開いたところで、意匠変更と行こうか。姉妹揃っての空中大御柱屹立、ってね。さぞや美しい花火が炸裂するだろうね」


 身体から、力が抜ける。色氣ももう、周囲の空気にしみ出していっているようで。こんなところで……こんなことで。


「……」


 いや、手放しちゃ駄目だ。このまま爆散させられてしまおうとも。最後の最後まで、あがくんだ。眼下に広がる町……そこには国も家も関係ない、人たちの営みがあるはずだから。せめて、もっと上へ、天高く、最後の力を振り絞って、見て綺麗だな、くらいの花火になるために、上空へ、


 ……飛べ。


 最期の力を両膝に集中し、私は細く弓型を呈している月に向けて、爆ぜ跳ぼうとする。が、


 それも読まれていた。ジセレカの両腕が既に組み付いていて、射出口がほぼほぼ塞がれていて、出力が上がらない。ずるずると昏い闇の中を、さらにその底まで引きずり込まれる。そして次の瞬間、自分の意志で現出させた色氣じゃない、獰猛な光の奔流が、胸に開けられた孔を中心にして、激しく身体中を巡り始めて。


 終わるんだと思った。あっさりと。そんなものなのかも知れないけど。「柱」を止めようとした自分が「柱」にさせられてしまうなんて最低。おにいちゃんに何て言えばいいの?


 徐々に熱を帯びる身体。私は絡みついているジセレカの身体を抱きしめる。おねえちゃん。ごめんね。巻き込んじゃった。


 いったん、身体の熱は急速に下がっていくけれど、それは最後の瞬間のための、刹那のものだって、何故だか分かった。私の、意識は、閉じていく、いや、広がっていく? どっちだかもう分かんないくらいに。でも薄れていく。


 自分が、自分というものが、まるで「単色」の、そう、「色」そのものとなっていくように。


 私の意識は、集約しながら、拡散して、


「特等席で見させてもらうよ、キミらは何色に爆ぜるのかな? フフフフフ……ふぐッ!?」


 ……いかなかったわけで。


 今までの余裕かましの声とは明らかに違う、素の驚愕声。と共に、その声の主が大分凄まじい力で吹っ飛んでいったのが、つむじ辺りで感じられて。ええ?


 思い切り裏返っていた黒目を何とか下げつつ焦点を合わせる。そこにいたのは、


「間に合ったようだな。よく頑張った、ミルセラ」


 似合わない形式ばった言葉を放つ、兄の姿であったわけで。奪ったんだろうか、黒い鱗に覆われた、屈強な軍麒ビバンセに跨っている。その前脚の一撃が、あの亜麻色を壁まで蹴り飛ばした?


 でもどうやって五十kmもの道程を、こんな短時間で。


 私はゆるゆると地面に降り立ちながらも、目の前の出来事がまだ信じられずに佇んでしまうのだけれど。

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