Causò-23:空虚ゆえ(あるいは、創生/傀絶/イルピュグランデネミコ)

 半分が金属で出来た「それ」は、回転の残滓を纏わりつかせたまま、遥か高みまでするすると、奇妙に静かな時空間をかき混ぜつつ打ち上がっていったのであった……あたかも真夏のじめつく夜空を散らすような大輪の花火が如くに……


 なんて。


 私は私の「首」を真下から見上げながら、次の挙動をもう始めている。というか終えている。右踵を振り抜いたままの姿勢で、驚愕の顔で固まったままのチラーヂンさんの心の臓を貫く色氣の一撃を。白銀の、透き通るような光の、静かなる一撃を。


「……何から何までデコイだとは……畏れ入った」


 もうおそらくはその身体にまっとうに色氣が流れることは無い。「孔」を増設したゆえの、弊害、とまでは行かないかもだけれど、「孔」をいじくる事に関しては、「二度目」というものは無いということ、それは分かっていた。他ならぬ私の体を使ってそれは実験済。亜麻色の髪にふわり空気を孕ませながら、正に糸の切れた操り人形のように、チラーヂンさんの細い身体は仰向けに倒れていく。私の方を見ながら思わず、といった感じで浮かんだ笑みと向き合いながら、「囮」とは確かに、と先ほどの斬り結びの瞬間を思い返す。


 直前に右脚を飛ばしたのも策。でもあまりにあからさまだと「囮」と見抜かれちゃうからそこは精密に、本気で相手の軌道をも読んで放った。この真剣ガチ感こそが策だったと、言えなくもないかも。そして回転する軸を身体の中心に据えた。そうなることが自然かのように思わせたのも、まあ策。そして狙ってくるのは当然「首」と認識していたから。そこは図らずも晒した感をまぶしつつ、頸部にあの「Ⅸ式」が通過するのを待った。勿論私の本当の、では無く、精巧に精巧を施した金属の生首の、だ。それを自分の喉元にくっつけ、自分は最大限首を背後に反らして外套マントで覆い隠していた。そして回転をかますことで見誤らせた。色氣の視界を切らせていなかったらまぁ丸見えだったでしょうけど、それをさせないために私自身とそれに茶坊主くんたちにも擬態カモフラを施していた。そして顔半分が金属と、「見せかけていた」。肌の色との二色、それらは回転することで目立つ「模様」を呈する。狙わせるように、狙いを外させないように。


 果たして、ぎりぎりだったけれど倒すことが出来た。でも、この人でも無いみたいだ、「施術者」じゃあ無い。


「……『あの方』を探しているようだねぇ……だとしたらハズレとでも思っているんだろうねぇ……」


 静かな声だ。元々は穏やかな人なのかもってずっと感じてはいたけれど。「孔」に魅入られた、ただそれだけだったのかも知れない。それきり喋らなくなった。それを見計らってか、


<ミルセラ聞こえるか。全員対象の沈黙に成功。しかしその中に『首謀』はおらず。事態としては未達>


 兄の声、が私のうなじを通して頭の中に響いてくる。ちょっとくすぐったい。とか言ってる場合じゃあない。


 「首謀」候補は六人だった。秘策を使っての単騎一斉駆けを仕掛けたわけだったけど、兄、ジセレカ、リアルダ殿、コタロー殿と私。その五人が分かてる限度だった。色氣を纏うという業を操れる手練れがいなかったから。正確に言うと兄は色氣を受け流しながら突入したそうだけれど、いやそれはいいんだけど、つまりは「六分の一」を取り逃したことになる。そしてそれこそが、


<では『バッ=プフォー・飛雄麿鄙ヒューマログ』こそが首謀と、そういうわけです?>


 私もつむじの上から声を出すように、うなじに色氣を流しながら「声」を発する。消去法からいくとそうなることは自明だったけれど、念のための確認のためにそう「言葉」にした。でも伝わってくるのは兄の逡巡含みの息遣い。ん? どうしたの?


<何か……解せないところがある、というのが本音だ>

<確かに。あまりに手ごたえが無さ過ぎた>


 兄とリアルダ殿が呼吸を合わせたかのように言い募ってくるけれど。いやぁ結構な強敵でしたよぅ……と反論しようとしたら。


<……いやぁ、そこを察してくるってのは流石だね>


 いきなり、知らない「声」がこの「通信」に割り込んできた。誰……ッ?


<コタロー、これは何だ、傍受でもされているのかッ!?>

<いえ、しかしこれはあの能面女の処より発せられています>


 お二方も流石に驚愕を隠せていないけど、え、ジセレカ? 先程相手……ジメンシーを斃したみたいに聞き取れていたよ? どういう……


<『色氣視界』の隙を突いてくるとは。いかに固定観念って奴が当てにならなくて、あやういものなのかってのを知る事が出来てそれはまあ良かった>


 落ち着いた声だ……女……だろうけど、それもあやふや。さらに年齢とかもよく掴めない。少女のような、老婆のような。ただひとつ分かるのは、凪いだ敵意みたいなのが淀むようにその声の底にあるということ。いや、敵意までもいかないかも。ただただこちらを見下してくるかのような、何だろう、悪意か。


<お前は誰だ>

<おっとぉ~、この娘の安否を聞かないんだね、まずはそこからと思っていたけど、まあ生かしてあるよ、死んだらこうやってお話出来ないと思ってさぁ>


 やはり、その「声」はこちらを嘲っているかのようで。色氣の色で表してみると何だろう、「緑がかった灰色」とか、そんな感じ。いやな感じ。強張った兄の言葉を包み込んでいなしていく。


<『孔開け』の輩だな? 今まで何処に隠れていた? この期に及んでのお出ましとは、なかなかに怯懦なことで>

<寝てたんだ、ごめんよぉ? ま、前座はこのツィミーグちゃんにお任せするとは決めていた。どうしても左腕を欲していたもんだからねぇ>


 リアルダ殿の押し殺した怒気にも、それを覆うかのような煽りにも全く動ぜず、声の主は言葉の端々に「へらへら」という音が混じっていそうなほどの気の抜けた言葉を返すばかりで。


<……強力な色氣の感知は、我が『霊人羅レビトラ』の術によってはジメンシー以外は出来なかった。いま、同じ処にいるというのならば……この者の色氣は大したことは無いと、そう判断出来ます>

<ははぁ、キミが『感知』と、この『通信』を司る使い手さんだねぇ? こいつはなかなかに便利な代物だぁ、ま、でもそれがあるゆえに、このような『単独』での作戦が相成ると、そう思ってしまったのならばそれは悪手というものだよ、いや、じきに『作戦』とかも無意味な代物に成り下がるかもだけれどねえ、こんな風に>


 コタロー殿の言葉に思わず頷きそうになった私を見計らったかのように、「声」はそんなねっとりと絡みつくような言葉を放ってくる。うぅぅん、腹立つぅぅぅ……


 刹那、だった……


 激しい破裂音。いや炸裂音。いや、そんな表現では足りないかも。身体に感じるのはまず、地の底から響いてこちらを貫いてくるような激烈な震動。そこに空気を裂くような音が被さって来る。何かが一点に集まってから、一気に四方八方に放散されるような。慌てて窓から身体を乗り出す。北東の方角。


「……ッ!!」


 その様子を見て、喉がひく、と鳴った。湾を挟んでの遥か向こう岸、月も無い闇の只中に、場違いなほどに巨大な「塔」がそびえ立っていた。ように見えた。鮮やかな黄色に光るその「塔」が色氣の炸裂によるものと判断できた時には、私の体の残っているところ全部は意に反し震え続け、鳥肌が隈なく立っているのを感じていた。幼い時に五体の大部分を吹っ飛ばされた記憶が、しっかりと封をしていた頭の中とは別に、全身を巡り恐怖をそれこそ毛穴ひとつひとつから刺し込んでくるかのようだった。私は耐えきれずにぺたりと座り込んでしまう。


<ボク自身は色氣をうまく練ることは出来ない。それでも他者に『孔』を開けることで、増設することで、意のままに操ることが出来るのが、まあそちらのアザトラ君と同じような『能力』というわけだ。この六人は結構役に立ってくれたよ、リクシアナが誇る強者たちを分断させることが出来たのだからね。そして……使い道が無かった者も、最悪『色氣爆弾』としての役目は果たせるという寸法さ。今の黄色い『色氣柱』はバップフォーのもの。増設した『孔』に極限まで圧縮させた色氣を流し通すことで更なる増幅を図り、一点で解放させる。ま、一発だけで術者の体が塵と化してしまうのが難点ちゃあ難点だけど>

<貴様ッ!!>


 リアルダ殿の聞いたことも無かった鋭い、吠えるような怒声がうなじをびりびり刺激してくるけど。私はまだ動けない。


<降って湧いた好機……見逃す術は無いよねぇ……? 無論、キミらを釣り上げるつもりではいたけれど、五人共為す術もなくやられてしまったのだけは誤算だよ、やっぱり使えない奴は使えないままだったね。まあいいさ、この機に乗じて、ボクはこの地に『柱』を何本でも突き立てるつもりだ。もうね、家だの国だの言ってるのは間抜けだよ、有無を言わさぬ強大な力でこの列島をも大陸をも支配するのは頂点の唯一人ということを知らしめる、その時が来たのさ>


 「声」はどんどんと正気をも、さらには並みの狂気をも逸脱していくような気がして。


<イカれてるのか……? ただの破壊と殺戮でどうとしようと言うのだ? 『支配』? 何の支配だと言う?>


 リアルダ殿の声は平坦ではあったものの、何かを押し殺そうとしている力を感じた。呆けたまま見ている「黄色の柱」はまだその場にあって当然のように屹立している。どのくらいの大きさなのだろう。どれくらいの人がそこにはいたのだろう。


<さあ……? あまり考えてはいない。自らの欲求のままに、快楽のままに動く、生命体としてはごく自然のことと思うけどねぇ。それより、もうくだらない小競り合いからは解放されるんだ、もしあれだったら、これからは行動を一にさせてあげても良いのだけれど?>


 「声」。こちらに嫌悪感しか与えて来ない声、のはずなのに、どこか安心させられてしまうような、そんな「深さ」をも持った声。だめだめ、そんな風なこと、思っちゃうのはダメなんだってば。それでも揺れに揺らされてしまっている私。何なの? これ……思考の混沌に落ち込みそうになってしまった、その、


 刹那、だった……


<それには及ばない。これより我ら亜聡南アザトイナ一家が貴様を屠りに行くからな。首を洗って待ってくれているだけで構わない>


 兄の、いつもながらの平坦にも平坦で、平坦に過ぎるその声は、私の心臓の横辺りの、どこかしらを強く貫いたわけで。


<ははっ、面白いねぇアザトラ君。先ほども言ったが、ボク自身はひどく非力だぁ……だがそれでも手足となる者がいればそう後れは取らないのさ。いいだろう、屠れるものなら屠ってもらおうじゃあないか、まあそうはさせないように分断させてもらったのだがねぇ、キミのいるところから此処までは少なく見積もっても『五十kmごじゅうケルメトラァ』はあるよ? いかな軍麒ビバンセの中のさらに俊足なるものを例え駆れたとしても、諸々二時間にジクゥムはかかるんじゃあないかな。その隙にボクは何本柱を立てられるかな? 五本かな十本かな? キミらの『反抗』のために何万人が死ぬかな?>


 「声」は心底面白そう、と言った感じで含み笑いをしながら言葉を紡ぎ出しているけれど。


「……」


 もう私の肚は決まった。お兄ちゃんは私に託そうとしている。そうだよ、おねえちゃんだって助けなきゃいけないんだもん。ぽけっとしてる場合じゃあない。


<……なるほど? べらべら喋ってるのは余裕の顕れと思っていたが買い被り過ぎか。お前は『連続では柱を起動させることは出来ない』>


 お兄ちゃん……普段はあまり……あまりにも口数の少ない人がこうまでつらつらと喋り続けているってことは、裏に何かがある場合に決まってる。今の場合……それは勿論、「時間稼ぎ」、なはず。


<あはは、それで優位に立ったつもり? そうだね、確かに一発放ったらそれなりの間は必要なのは確かさ。まあそれでも二十分三十分の話さ。じゃあ次はどこを吹き上げさせようか? キミらの御大将がいるところでも構わないが?>


 「声」の出処はジセレカのいた所。ここからは北西に二十km余り、つまり私がいちばん近い。


<どこでも好きにしろ。その前に屠ると、言っておく。貴殿の名前を聞いておこうか、俺だけ『君づけ』も、座りが悪い>


 兄の言葉はどこまでも平坦で。うぅん……この煽り性能はほんの少し勝ちかも。どちらも人としてどうかとかは置いといて。


<いやいや面白いねぇ……では挑発に乗ってあげよう、『ユ=リス・ルネス=タ・セファ=ドール』。お見知りおきする暇があれば、だけれどねぇ>


 「声」が名乗った。知らない名前だ。将では無いの? まあそこはいっか、私は私でただ、


 ……目標に向けて、すっ飛んでいくだけだから。比喩ではなく、文字通りに。


「……」


 上空の空気は澄んでいてひんやりと心地よい。私は最大限、空気の抵抗を受けない姿勢へと移行していく。両腕は脇に付け、「膝から下の義肢」を変形させた「鋼の翼」は揚力と推進力を生み出す最適な角度へ。膝部から放出させている色氣はきっと桃色の二本線を夜空に輝かせるだろう。


 目指すは北西二十km。待っててね、えーとセファドールさん?


 ……五分も、待たせないから。

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