Causò-16:混迷ゆえ(あるいは、思考坩堝/ロッソブルベルデ/追うか沿うか)
石造りの大空間を二重三重に内側へ内側へと縁取りするが如く、重い色氣の流れが包んでいく。呼吸をするも憚られるかのようなその中で対峙するは、二人の色氣使い。ひとりは玉座の上からしなやかな紅いローブに亜麻色の長い髪を巻き付かせつつたなびかせながら、ひとりは石畳の上に浮いているかのように佇みながら。玉座側のジメンシーが言葉を選ぶというよりは、単音を選んでいく、といったぎこちない感じで言葉を発していく。
「かの『アザトラ』氏の御身内か……話は聞いている。であれば我らは似たモノ同士と、そういうわけに、なるな」
「情報」……情報。はっきり、よくは分からない。その必要性……重要性が。だが知っていること、知っているということ、それをとりあえずは晒しておく。それがどうとなるかは、何ひとつ分からないものの。果たして視線の先で宙に浮かぶように立っていたジセレカの仮面の如き流麗な顔に、ほんの少しだけ強張りが現れたかのように見えた。そして、
「……人ならざるモノに『改造』されたそなたらと同種にされたくは無い」
声にも少し力が入ったかのように思える。感情? そして先ほどまで整然とし過ぎてはっきりと感知すること叶わなかった色氣の流れがわずかながら感じ取れるようになった。細身の身体の上っ面をぬめるように流れるのは、
赤、青、緑が混然となった色氣。
同時にそんなことが出来るのか、という疑問は、最早ジメンシーの脳内ではたちどころに失せ消える類いの思考だった。今起こっていることが全て。そうかこれがあのヒトが繰り返していた「先入観を捨ててみよう」ということなのかと腑に落ちる。それよりも唯の言葉の羅列のみで、ここまで相手に「干渉」出来るとは思わなかった。言葉など、無力と思っていたが。それもまた先入観。捨てよ捨て置け。今だ。今を考え、今を動く。呼吸を肚底まで落とし込むことによって、色氣の流れも疾く、そして重くなってくるのを全身で感じている。そしてひとつ気づいたことがある。
知らぬ間に色氣を目で視ていた、視過ぎていたと、そういうことなのだろうか。
本来、使い手であれば、色氣の「在り様」を、全ての感覚器官に「そうあるように」感知させ疑似的な「感覚」に置換することが出来る。またそれを行わなければ、常に移り変わる局面の把握は難しく、そしていきおいそれは「視覚」に割り振ることが通常である。本来の視界に、「色氣の世界」を被せて双方を同時に視る、といった具合に。従来あまりにそれが普通であったため、そしてあまりにそれの使い勝手が良かったため、誰しも知らず知らずのうちに視覚のみ頼みで、視ていた。それが最適だと、最善だと。そこに盲点が、正にの「盲点」が、存在するのではないだろうか。
例えば白壁を背にして白き色氣で視界を遮れば、瞬間、対象の姿は捉えることが出来なくなるだろう。いまこの王の間は暖色の柔らかな光が照らしているが、それと「同色」の色氣を纏えば……? 一瞬、消えたように感じられるのでは無いだろうか。特に、目に頼って「見て」しまっている者にとっては。
この女はその微細な色加減を創り出すことの出来る者なのだ。赤と青と緑。その三色の強弱で、様々なる色を現出させることが出来ると、そういうわけなのだ。そんなことが出来るのか、分かっていてもどうしてもそんな思考が浮かび上がってしまうが、そうと飲み込まなくては思考の足元は掬われる。そしてそれを理解したのならば。
目に頼らずに色氣の出処を探れば。相手の姿を見失わずに済むのではないか。いや、さらには。
相手に自分が気付いたという事を気付かさなければ。生じるはずだ、隙が。
呼吸を一度止め、ジメンシーはずらすようにして外す、自らの「色氣の視界」を。そしてその感覚を置き換える。聴覚、嗅覚、味覚……いや、触覚だ。それがいちばんしっくり来る、気がする。
「……ッ!!」
が、その刹那、まさにその肌に突き刺さるように放たれて来るは、視認できぬほどの細き「針」のような冷気なのであった。いや違うこれは術式。まったくの前触れもなく放ってくるとは……いや既に放たれていた? いや私が抜けていた。
「『
舌打ちするのを留めて、左腕に力を集める。朱色の光が煮えたぎるようにして穿たれた「孔」を出入りする。そのいち挙動ごとにその輝きは増し、蓄え持ちし力も増幅していく。軽く振り払った腕に沿うようにして生じた「風」が、己の周りに覆い張り出して来ていた「針冷気」を刹那かき消し飛ばす。と、
「……このような閉鎖空間においてもそのような大技を放ってくるとは、それはなかなか。そしてなかなかに絞って来ていると言うか、圧縮させている? それがそなたらの恐るべきところか」
自分に向けて言っているのか、自身に言い聞かせているのかは定かでない声が、場所方向も定かならざるところより降り落ちてくる。駄目だ。肌で感じようとも、「攻撃」を挟まれては分からなくなる。いや、
……それによりこちらを攪乱して来ているのではないか?
あからさまに「視界」「視覚」を意識させてきたのは、それも策か? こちらが「色氣の視界」を切れば、そのぶん攻撃の出どき、出どころの察知が遅れる。慣れぬ別感覚にこちらの意識を向けさせておいて、その実、そこで優位に立とうという……戦略なのではないか?
あるいはそれの裏をかかれるとでも言うのか。分からぬ。ジセレカと名乗りしこの女……その空気を孕んだかのような姿といい、奇天烈な格好といい、虚実が練り混ざりあったかのような言動といい、掴めない。掴めなさすぎる。
であれば。
「……ッ!!」
どこだ? かなり近くまで寄られておったか。しかして息を呑む音が聴こえた。いや、「感知」出来た。咄嗟に考えたにしては良き策であったか? 初めて相手の身体が強張るのを感知出来た……いや、それに留まるな。留まらずに次の行動を起こせ。
大きく息を吸い込むジメンシー。その身体に穿たれたる「百八」の孔、それら全てから、呼吸の如き色氣の流出入が勢いを増していく。しかしてそれらを身体の内に溜め込むというよりは、外へ、外へとただ意味も無く漏らし流していくような不可解なる挙動。が、それこそが考えに考えを凝らした末の「策」なのであった。
色氣によって、相手の居所を探る。
それ自体はごく普通に使い手が行うことである。相手の色氣の流れを察知する。今の今もやっていたことだ。だが、いま自分がやっていることは。
色氣を周囲……この王の間全体を埋め尽くすように流す。流し続けるというもの。尋常では無い。何もせずこうしている間にも、自分の色氣は急速に失われていっている。いかな「孔」を解放されし自分であろうと、いかに呼吸を深く保とうとも、長くは持たない。だが。
これによりて、相手が何をしようとも、何をこちらに仕掛けようとも関係なく、その居場所を探ることが出来る。この曲者に、真っ向から相対しようとしてはならないと、自分の直感のようなものが語りかけてくる。果たして。
動いた。のは、視界の左奥。先ほどまでほど近くに居たと感じていたが、もうそこまで移動しているとは。だがこの動き……誘いのような気もしてならぬ。
「……ッ!!」
左腕を軽く振り、放つ。「風」の刃たちを。その方向へはその方向へだが、敢えて狙いも何も無く、いや敢えて「大体の位置」しか掴めてはおらぬという思念を込めながら。その上で意識は相手の動きにのみ集中させている。どう動く?
「……」
避けた。その場より最低限の挙動にて。そしてそのままその場に留まっている。やはり静観。それがおそらくは最善と見て。こちらの色氣が枯れるまで不用意な動きはして来ないと、そういう構え。だが、
「最善」こそが見切られやすい悪手ということもある。
玉座の傍らで膨大な色氣を滂沱としてその全身より流し迸らせながら、そう確信を高めながらもそれからも、ジメンシーは曖昧な連撃を「それらしきところ」に飛ばし続ける。
(動かぬ方が得策、のはず。奴のこの馬鹿げた垂れ流しは到底『策』とは思えぬ……が、それゆえに裏に何かがある感じも拭えない……何だ? 表面から受け取る感じと奥底の内面に流れているものの不一致、というか違和感は? 似ている……からか? 私と。それゆえに感じているのか、このやりにくさを? 分からぬ)
その一方、色氣を操ることにより己の姿のみならず気配まで消し殺しているジセレカは、えも言われぬ空気を感じていた。曰く「いいようにやられている」感覚。己自身が、相手の思考を読みて裏をかいたり優位に立ったりすることを常に念頭に置いて立ち回る
単にそれだけなら、と、ジセレカの思考は揺蕩う。さらにの上回る思考をぶつけて自らの場に引きずり込むだけだが、だが何だ?
この違和感は。
この一見して色氣素人の、一枚めくった奥に潜んでいそうなモノは何だ。「孔」を開けられたるゆえの? そうなのか? 分からぬ。
ちぐはぐさを、受け取るのであった。相変わらず玉座の横で隙だらけで佇んでいるのは余裕の顕れと見ることも出来るであろうが、であればさっさと大技で決めに来てもいいはずだ。なぜこのような無益と思える「感知」をしてくる? 何の意味も為さないかに思える。そう思わせてさらにの奥に「策」がある? にしてもだ。そのさらに裏をつくことは容易そうだ。いや、「容易そう」と思わせる事が目的か? まずい、このような思考は埒が明かぬ。どころか、休むに似たるところまで落とし込まれてしまう。
動く。例え罠であろうとも。見極めろと言われて来たはずだ。兄者に。呼吸を静かに深く高めていく。赤・青・緑の三色の光は、混ぜ合わせればどのような「色」にもなる。いかような「質感」をも見せることが出来る。それは実際に目で見るのみならず、「感覚」で視ることすらも誤認させるのだ。ゆえに自分の姿は捉えることは出来ぬ。色氣の流れにて探ろうとしても、それは我が三色の色氣が生み出した幻像に過ぎぬ。
現に今、奴が狙いを定めているのは虚ろなる偽の自分。こちらも不自然にならぬくらいに「躱させた」が、それでもまた性懲りも無く撃ってきている。のは何だ? こちらに気づいていると知らせたいのか、あるいは気付いていると見せかけて、
気づいていないのか?
分からぬ。やはり読めない。読めるようでそれは上っ面を掠っているだけのような、非常に心許ない心持ちになる。この違和感こそが、この今の場において、最も注視すべき、最も見極めなければならぬものであろうとの認識はあるにも関わらず。
それを何かとは掴ませては来ない。駄目だ。思考が徐々に意味を為さないものとなっていってしまうかのようだ。この逡巡の、混乱の場を生み出すことが「策」? いやまさか。
が、奴の消耗を待つのも性に合わぬ。次に「風」を我が幻像に放って来たらば、その瞬間、
……瞬で間合いを詰めてあの無防備なる首を跳ね飛ばす。先ほどは「ハズレ」とまで言ってみたが、何か、まずい予感がする。この場で摘み取るが最適なはず。
またも芸の無い「風」の刃の群れが一陣、色氣が満たされしこの広間に放たれた。今……ッ、と静かに態勢を屈めつつ目標のほど近くまで音も無く跳躍する。その、
刹那、だった……
「……左腕、見ぃっけぇ~」
何と表現してよいか、分からぬほどに歪んだ顔が自分のほど近くまで迫って来ていた。こいつ……纏っている色氣が今までとまるで違う。
咄嗟に身体を捻り、距離を取ろうとするジセレカであったが。
「……ッ!!」
左肩の関節を既に外されていたことを悟る。こちらが逆に「視えなかった」だと? 落ち着くために呼吸を一度止めて態勢を立て直さんとする。その眼前で微笑むのは、先ほどまでとは異なる様相を見せてくるジメンシー。
二重人格? それならそれでネタが割れた時点でもう良いのだが……それだけでは無い気がしてならない。長引かせるな、この流れのまま行く。
ジセレカが再開させたる呼吸は、性急なほどに激しく荒いものであった。今までその存在を隠すことのみに費やされていたその外表を巡る三色の色氣が、絡み合い白き鋭い光を発していく。
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